山田風太郎『厨子家の悪霊』ハルキ文庫 1997年

 この,あまりに有名な作家の作品は,いままでも何度か読もうとしたことがあるのですが,どうも文体が肌に合わなくて,そのたびに挫折していました。今回は,短編集ということもあって,なんとか全編読み通せました。ただやっぱり,ある種「毒」を含んだ諧謔調の文章には,ちょっと馴染めないところもありました。7編よりなる中・短編集です。

「厨子家の悪霊」
 山形県の旧家・厨子家の夫人の惨殺死体が発見されたのは,雪原のただ中でだった…
 二重三重に張り巡らされた“真犯人”の策略,その企みに操られ,翻弄される“犯人”と警察,しかしその策略を嘲笑するかのように明らかにされる“真相”。“犯人”の残した“手記”を手がかりに,その矛盾点を指摘,謎解きするシーンは,なかなかおもしろく読めました。
「殺人喜劇MW」
 しがない保険屋とダンサー夫婦,それぞれに来た殺人の依頼。あわよくば大金が,と乗り気になったふたりだが…
 O・ヘンリーの有名な短編で「賢者の贈り物」というのがありますが,ちょうどのその陰画のような作品ですね。お互いに“殺意”を送りあった夫婦は,お互いの愛(?)に気づいたのです…
「旅の獅子舞」
 中国地方を巡業する旅の一座。ひとりの娘をめぐる恋の鞘当ては,思わぬ事態に展開し…
 第一の事件の方は,アクロバティックな本格風ですが,個人的には第二の事件を巡る“ひょうきん爺”の心理の綾がおもしろかったです。
「天誅」
 山中に逃げ込んだ脱獄囚は,聾唖の娘を人質にするが,翌朝死体で発見される…
 ブラック・コメディ,というのでしょうか? 山田作品ではこの手のものがどうも肌に合わないようで…
「眼中の悪魔」
 友人に恋人を奪われた“僕”は,密かに復讐の念をたぎらせ…
 けっしてみずからの手を汚すことなく,周到な計画で他人を操り破滅させる“真犯人”,しかし物事というのは,そういった策略を嘲笑うかのように進むものなのでしょう。「厨子家」と似たような雰囲気を持った作品だと思います。
「虚像淫楽」
 昇汞を飲んでかつぎ込まれた人妻,彼女の肌には,紫の蛇のような痣が…
 人妻,その夫,夫の弟。三者三様の心理のもつれの先に立ち現れた惨劇は,人間心理の奥底に眠る(それでいて誰もが持っている)狂気や欲望,情念といったものをあぶり出しているようです。人は常に他人の中に“虚像”を見ている…。これはなんとも怖い作品です。むかし真崎守がマンガ化した作品を読んだことがあります。
「死者の呼び声」
 アルバイト先の社長からプロポーズされた女性のもとに届いた一通の手紙。そこに書かれていたのは…
 この作品も,「厨子家」や「眼中」と同様,犯罪の実行者である“犯人”を掌の上で操りほくそ笑む“真犯人”を描いた作品ですが,最後で,“真犯人”が,みずから用いたのと同じ方法で告発されるところが,皮肉ぽい結末で楽しめました。作者にとってミステリの「トリック」というのは,犯人による「仕掛け」というより,むしろ心理的な「企み」といった方が,似合いそうな気がします。

97/06/28読了

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