中田耕治編『死体のささやき』青弓社 1993年

 「消えるはずないなんて保証,どこにある?」(本書「消えたアメリカ人」より)

 ミステリ,ホラー,ファンタジィなど,7編を収録したアンソロジィ。

マイク・マーマー「テラスからの眺め」
 ホテルのテラスから墜死した男は,事故? 自殺? 他殺?
 夫の死をめぐって,妻は何を知っているのか? あるいは,何をしたのか? 刑事を前にした妻の心理を描くことで,全編にピリピリとした緊迫感を産み出しています。そんな妻の「不安」と「緊張」を,上手にスライドさせて,意外な真相へと至るラストは巧いですね。
C・B・ギルフォード「女,女,また女」
 彼は女を殺した。たったひとりの女を…
 女性恐怖症の主人公が,しだいしだいに追いつめられていき,昨今流行りのサイコっぽい結末へと突き進むかと思いきや,じつに皮肉な,しかし説得力のあるツイストを用意している点は,見事ですね。
ヘンリー・カットナー「住宅問題」
 アンソロジィ『怪奇小説傑作集2』(創元推理文庫)所収。感想文はそちらに。
シアドー・スタージョン「ショトル・ボップ」
 奇妙な店でもらった薬を飲んでから,“ぼく”は幽霊が見えるようになった…
 スーパーナチュラルなものから「幸運」を与えてもらうけれど,「タブー」を犯すことで,幸運が不運へと転化してしまう…神話・伝説の昔から語り継がれる定型と言えるような作品です。ですから新味に乏しい感は免れませんが,主人公の軽快な(軽薄な? 軽率な?)語り口が楽しめます。
チャールズ・ボーモント「消えたアメリカ人」
 ある日,彼は,自分が“消えていること”に気がつき…
 描き方がストレートすぎるきらいはあるものの,テーマがテーマだけに,やはり,伝わってくるせつなさ,哀しさには,共感できるものがあります。それだけに,滑稽で無様かもしれませんが,最後のオチにはホッとさせられます。
フィッツジェイムズ・オブライエン「真夜中の訪問者」
 「幽霊屋敷」と噂される家で,“わたし”たちが体験したことは…
 物語の結構は,オーソドクスな「幽霊屋敷譚」なのですが,登場するモンスタがユニークです。幽霊でもない,ではなんなのか,というと,それもよくわからない…そんなモンスタの造形が,作品に奇妙な味わいを与えています。
ハル・エルスン「かばんの中身をたしかめろ」
 麻薬の売人につけ狙われた刑事の元に,ひとつの情報が…
 情報屋から刑事にもたらされた情報は,本当なのか,それとも罠なのか? どちらとも判断できない宙ぶらりんの状態が,文字通り,サスペンスを産み出しています。
サム・S・テイラー「ボーダー」
 その女と出会ったことで,“おれ”は“ボーダー”を越えた…
 「犯罪の陰に女あり」という俗諺を「地」でいったような,通俗クライム・ノヴェルです。あまりの通俗さが,かえって楽しめるかもしれません(笑)

04/09/26読了

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