我孫子武丸『屍蝋の街』双葉文庫 2002年

 「だから…お前しかいないんだ。お前なら,俺が本当の誰なのか分かるはずだ」(本書より)

 “ピット”と呼ばれる非合法のネット・シティで,“私”とシンバが賞金首となった。それもヴァーチャルな世界だけでなく,現実でも私たちを殺せば,大金が支払われるという。つぎつぎと襲いかかる賞金目当てのネット・ジャンキーから逃れながら,私たちに賞金をかけた犯人を追う。だが“敵”は外側だけでなかった。“私”の内部に潜むもうひとりの“敵”が襲いかかってきたのだ…

 『腐蝕の街』に続く,2025年の東京を舞台にした「近未来SFポリス・アクション」(<ほとんど『機動警察パトレイバー』ですね(笑))の第2弾です。というより,むしろ完全な「続編」で,前作を読んでいないと,話は見えないでしょうし,ネタばれしまくりです。『腐蝕の街』を未読の方はご注意ください。

 さて今回は,“ピット”なるネット・シティ,つまりヴァーチャル・リアリティの世界が,ストーリィに深く関わります。このあたり,先日読んだ『ヴィーナス・シティ』となにやら設定がよく似ているので,「またかい?」という感じがしないでもありませんが,インターネットがこれだけ普及した現在においては,いまや定番的なシチュエーションとなっているのかもしれません。しかし本作品のおもしろい点は,ネット上における設定−賞金首となった“私”シンバ−が,きわめて論理的,リアリスティックに現実の世界に影響を与えているところにあるのでしょう。そこらへん,SF的な設定ながら,ミステリ作家としてのこの作者の面目躍如といったところでしょうか。
 “私”たちに復讐しようとする赤坂護は,ネットを駆使して,「外側」から“私”たちを追いつめようとします。その猫が鼠をいたぶるような陰湿さ,冷酷さに,“私”たちは窮地に立たされます。しかも“私”は,もうひとつ「爆弾」を抱えています。それは“私”の中に潜むシリアル・キラー“ドク”の(コピーされた)キャラクタです。“ドク”は,“私”を乗っ取り,シンバを惨殺しようと虎視眈々と隙を狙っています。つまり,ちょっと古くさい言葉で言えば内憂外患といった状況です。
 作者は,主人公たちにとってこの危険きわまりないシチュエーションを活かしながら,スピーディで緊張感あふれるストーリィを紡ぎだしていきます。またふたつの危機を,巧みに絡み合わせながらクライマクスへと盛り上げていくところは,手慣れたものです。とくに「今の“私”は溝口なのか?“ドク”なのか?」という不透明さが,ラストにおいてギリギリとしたサスペンスを与えています。

 いわばこの作品は,「ネット」と「現実」という二重性に,「私(溝口)」と「俺(“ドク”)」という二重性を重ね合わせることで,2×2,四重性のスリルとサスペンスを作り上げている作品と言えましょう。

02/11/24読了

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