船戸与一『神話の果て』講談社文庫 1995年

 ペルー山中で,アメリカのエネルギィ体系,ひいては権力体系を激変させるほどの埋蔵量を誇るウラン鉱脈が発見された。しかしそこは山岳ゲリラの本拠地。アングロ・アメリカン鉱業から,ゲリラ首領の抹殺を依頼された日本人・志度正平は身元を偽り,ゲリラ占拠地へと向かう。しかしCIAと冷酷な殺し屋ポル・ソンファンに命を狙われていることを,彼は知らなかった・・・

 『山猫の夏』に始まる“南米三部作”の第2作です。
 ゲリラの首領抹殺を使命とし,過酷なアンデスを行く主人公・志度正平,そのミッションがアメリカの権力体系を激変させるため,それを阻止しようとするCIAの破壊工作員で,志度のかつての友人ジョージ・ウェップナー,すべての倫理観を捨て,“殺人マシン”と化した殺人者ポル・ソンファン。これらタイプの異なる,それでいていずれも胸の奥底に同じような破壊衝動と言いしれぬ虚無を抱え込んだ3人の殺し屋たちの行動を軸に,物語は進んでいきます。
 いかに志度は任務を達成するか? 2人はどのように志度を阻止しようとするのか? その展開はスリルに満ちており,ぐいぐいと読み進めていけます。

 しかし物語の終わり,「真の主人公」がその姿を現します。それはウラン鉱脈を(それとは知らずに)占拠する山岳ゲリラ“カル・リアクタ(遙かなる国家)”です。彼らは,米ソの代理戦争としての性格が強い第三世界のゲリラ活動の中にあって,まったく異なる理念と組織の元に結成されたゲリラと設定されています。現在の国境を横断してインディオ自身の国家を創ろうとするゲリラです。彼らはいかなる他の国家からも援助を受けずにゲリラ活動を続けます。
 アメリカやソ連の実権を握っているのは白人たちです。それゆえ,自由主義であれ,共産主義であれ,その勝利の果てにあるのは,あいも変わらない「白人たちによるインディオ支配」です。そんな「白人優越主義」が,アフリカや南米といった第三世界の紛争には,つねにつきまといます。
 「カル・リアクタ」は,そういった白人によって引かれた国境を,彼らによってつくられたイデオロギィを否定し,「インディオ」という民族を団結と闘争の原理とします。また,本書冒頭に掲げられた,アステカ王国の征服者エルナン・コルテスの言葉―それは白人によるインディオ支配の出発点を意味します―とはまったく異質な形の組織を作り上げます。それは「白人優越主義」という「神話」の終焉を宣言していると言えましょう。
 エンディングで,ペルーの小さな田舎町を征圧するというささやかな,しかし確実な第一歩である勝利に酔うインディオたちの姿とともに,アメリカの売春婦で,志度と一時期を過ごしたロッサナのモノローグが語られます。
「これからは希望とか失望とかそんなことは関係のない日々がやってくる。だれもがこころから笑ったり啼いたりすることはなくなるだろう。世のなか全体が音楽の素になる物語のようなものを失ったのだ。これからは喜びも悲しみもなく,小さな想い出すらが生じない時代がやってくる・・・。」
 好対照をなす,このふたつのエンディング・シーンは,闘いの原理が,「(白人による)イデオロギィ」から「民族」へとシフトした現代世界の予言的なシーンとも言えるかもしれません。

 さてつぎは,三部作の掉尾を飾る『伝説なき地』です。はたして本書で描かれたインディオたちの闘いは書き継がれるのでしょうか? 楽しみです。

98/11/02読了

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