船戸与一『山猫の夏』講談社文庫 1987年

 ブラジル東北部,先住民の言葉で“憎しみ”という意味の名をもつ町“エクルウ”。そこでは,百年も前から,ふたつの家が,町を二分して,血で血を洗う殺し合いを繰り広げていた。そんな中,それぞれの家の娘と息子が駆け落ちをした。“山猫”こと弓削一徳がその町にやってきたのは,彼らを連れ戻すための追跡者としてだった。日本から逃げ出し,エクルウの酒場で働く元過激派の「おれ」は,山猫とともに,彼らを追うことになる。しかし,山猫の思惑はそれだけではなかった・・・

 「たとえ何十年か後に老いさらばえてこの脳裏からどれほどの記憶が消え失せようと,山猫がやってきたあの夜のことだけは忘れはすまい。」という,一読,ぞくりと来るような一文から始まるこの作品は,なんともハードで,アナーキーな物語です。むき出しの欲望と憎悪,繰り返される策謀と裏切り,そして狂気と殺戮。それらが灼熱のブラジルを舞台に繰り広げられます。前半は,山猫たちの追跡をメインにストーリーは展開します。ブラジルの自然地理にあまり詳しくないので,いまいちピンとこないところもありますが,追跡そのものの緊迫感とともに,追跡者グループ内の不和が加わり,よりいっそう緊張感が高まります。そして地元匪賊(なんとも大時代的な言葉だ)との戦い,敵対する追跡グループとの,40億匹ものバッタの大群来襲下での戦闘などなど,日本では想定できないような壮絶なバトルが繰り広げられます。
 そして後半,暗躍する山猫の企みにより,エルクウの町で勃発する両家の全面戦争と,それに乗じて町の支配権を手に入れようとする軍隊と警察,さらに町の住民全体に波及する殺し合い,と,もうこれでもか,という感じの血塗れ状態です。そしてクライマックスはお約束の・・・。ようするに,舞台は現代のブラジルですが,これは西部劇ですね。それもジョン・ウェインあたりが出てくるのじゃなくて,主要登場人物が最後にみんな死んでしまうようなマカロニ・ウエスタン風の・・・。

 ところで主人公の山猫。それこそ両手両足血塗れの悪党なわけですが,どこか飄々とした雰囲気があって,憎めない魅力的なキャラクターです。ストーリーの展開にあわせて次第に明らかになる半生も,なかなかすさまじいものがあります。もっとも,すぐ隣にはいてほしくありませんが(笑)。

 作中で触れられる日本敗戦直後のブラジルにおける日系移民内の「勝ち組」「負け組」って,一過性のものかと思っていたら,深刻な問題だったんですね。勉強になりました。

97/04/15読了

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