大沢在昌『無間人形 新宿鮫IV』光文社文庫 2000年

 新宿の若者の間に,新しいタイプの覚醒剤“アイスキャンディ”が蔓延しはじめた。国内に製造所があると見込みをつけた鮫島は,その密売ルートの解明に力を注ぐ。しかし,厚生省麻薬取締捜査官との対立・確執が彼の捜査を妨げ,また“アイスキャンディ”の製造元・香川兄弟の魔手が鮫島と彼の恋人・晶に伸びる・・・

 文庫版カヴァの表紙デザインがむちゃくちゃ怖い(笑)「新宿鮫シリーズ」の第4弾は,覚醒剤「アイスキャンディ」をめぐる事件を描いています。
 前作『屍蘭』の感想文でも書きましたが,本シリーズは,主人公鮫島が事件を追うというストーリィは変わらないものの,「謎解き」的な性格を薄め,むしろ物語の冒頭から犯人側の動向を描くことで,鮫島と犯人との対決を主軸にすえるサスペンス色を前面に押し出すようになってきているように思います。
 この作品でも,新宿に出回る新しい覚醒剤の出所を突き止めるべく,売人の動きを執念深く監視する鮫島の姿を描く一方で,その覚醒剤の製造元香川昇・進兄弟の動向もストーリィ前半から,かなりのウェイトを占めて描き出しています。
 しかし本作品では,そんな鮫島vs香川兄弟をメインの軸としながらも,そこにさらに二重三重に対立軸を導入しています。鮫島側では,厚生省麻薬取締捜査官と警視庁との対立・確執が,鮫島の捜査に思わぬ障害となって立ちふさがります。けれどもそれ以上に,作者は,犯人側にさまざまな対立を持ち込みます。それは香川兄弟と,彼らの取引先藤堂組との危険きわまりない駆け引きであり,また兄弟の密売ルートを乗っ取ろうとする平瀬・国前・石渡たちの策謀です。これら,鮫島側,犯人側それぞれに複数の対立軸を設定することで,事件の展開を不透明にし,その着地点の不確実さを増しています。
 そして作者はもうひとつの「爆弾」をストーリィに投げ込みます。それは鮫島の恋人,ロック・シンガーのです。「犯人側」のひとり国前は,晶のかつてのバンド仲間であり,コンサート・ツァーの後に彼を訪れた彼女は,事件に巻き込まれていきます。晶の運命は? そして鮫島はそれにどう対処するのか? というサスペンスが,展開の緊迫感をより一層盛り上げています。
 鮫島側と犯人側とに複数の対立軸をたくみに配置し,さらにそこに鮫島と晶という,このシリーズの初期設定をはめ込むことで,緊張感あふれる作品世界を創出しているという点で,いまのところシリーズ作品中,もっとも完成度の高い作品ではないかと思います。
 ただちょっと難点といえば,犯人側,とくに香川昇のキャラクタ造形を,もう少し掘り下げてほしかったところですね。要するに,なんで巨大財閥に属する人間が,覚醒剤密売とという犯罪に手を染めたのか,あたりがいまひとつ曖昧なのが,ちと心残りです。

 なお本作品は「第110回直木賞」を受賞しています。

00/07/02読了

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