丸谷才一・常磐新平『世界スパイ小説傑作選3』講談社文庫 1979年

 「どうとでも思ってくれ。これも任務のうちだ」(本書「高潮」より)

 12編を収録したアンソロジィです。

ジョン・ジェイクス「鬘をかぶったスパイ」
 護送予定の重要人物が殺され,機密を奪われたスパイは…
 訳文のせいもあるのでしょうが,通俗ハードボイルド小説を思わせるノリです(笑) ところで考古学者でスパイというと,『MASTERキートン』の湾岸戦争を素材としたエピソードを思い出しますが,やはり本家(?)はアラビアのローレンス?。
ロナルド・サーコーム「裏切り者」
 ソ連のスパイは,アメリカから逃げ込んだジャマイカで…
 妻への裏切り,夫への裏切り,祖国への裏切り,契約者への裏切り…まさにタイトルどおりに「裏切り者」満載の作品です。それでいて,どこか妙に軽妙な感じがするのが不思議です。
ロバート・ロジャース「ワルシャワの恋」
 勤務地でポーランド娘と恋に落ちた外交官は…
 「人の弱みにつけ込む」ことが「仕事」のスパイだからこそ,「つけ込まれること」の怖さを知っているのでしょう。それにしても,なんだか,昔懐かしのテレビ・ドラマ『コンバット』を見るような展開です(笑)(ネタばれ>危機に陥っても,最後にはアメリカが勝つ!
エドワード・D・ホック「ピーコックの信者」
 この作者の日本オリジナル短編集『ホックと13人の仲間たち』に,「孔雀天使教団」という邦題で収録。感想文はそちらに。
テレンス・ロバーツ「ブラック・ミステリー」
 行方不明になった仲間を追って,“私”が見たものとは…
 戦争において「戦場」とは「戦闘」だけではない,という点で,スパイ小説の定番のひとつです。作者はユーモアのつもりなのかもしれませんが,やたら気取った文体は,ちょっと辛いところがあります。作者に関する情報はありませんが,きっとイギリス人に違いない,と邪推しています(笑)
ジョン・P・マーカンド「高潮」
 南北戦争中,友軍への伝令に出た男は,しかし…
 歴史的事件の背後でスパイが暗躍していたというストーリィは,歴史を舞台にしたスパイものの醍醐味と言えましょう。主人公が,敗北した南軍兵士であることに加え,それを「老人の思い出話」として描いているところが,哀愁をより際だたせています。
トーマス・ウォルシュ「敵のスパイ」
 敵の追われるスパイは,必死に逃亡をはかるが…
 「枝葉」を削いで,「追う者」と「追われる者」との戦いという場面に特化させることで,緊迫感に満ちた作品となっています。同時にそれが,小説という手法を巧みに用いての,「ある仕掛け」として機能させているところがいいですね。
マイケル・ギルバート「招かれざる客」
 田舎で穏やかな生活を送る老人は,かつて…
 「平穏な老後」を描くのにふさわしい,淡々とした抑制された描写が,逆に,老人が送ってきた「酷薄な過去」,そしてそれがゆえの現在の血塗られた結末へといたる雰囲気を盛り上げています。
ジョセフ・ホワイトヒル「アカデミー同窓生」
 失意のうちに去った美術学校に,彼が20年ぶりに訪れた理由は…
 若い頃の確執,敵対者同士としての皮肉な再会…そんなふたりの心の襞を描きながら,冷酷と無情の「スパイの世界」での,ほんのわずかな「人間味」を上手に浮かび上がらせています。
マニング・コールズ「スリ」
 ドイツのイギリス大使館から機密書類を盗んだ男を追って…
 1時間もののテレビ・ドラマを見るような,少しスラプスティク色が入った活劇譚です。現在の目からすると,やや新味に乏しいのはいたしかたないでしょう。
ロバート・L・フィッシュ「ベッド・タイム・ストーリー」
 寝る前の娘に「お話」をせがまれた男は…
 こうやってアメリカの少年少女は「洗脳」されるのだというお話(笑) あまりにご都合主義的なストーリィ展開は,凡百のスパイ作品への強烈な当てこすりなのかもしれません。
エリック・リンクレイター「夏の闇」
 小屋の中で死んでいる男…その理由は…
 スパイは,人を騙すことを生業としていますが,その「騙し方」を間違えると,とんでもないことになるというわけです。木訥な語りの中に,ある意味,「スパイ」に対する一般的な「見方」が凝縮されていると言えるかもしれません。

05/12/18読了

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