エドワード・D・ホック『ホックと13人の仲間たち』ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1978年

 「時代は変わって,場所も変わりましたが,人々は同じ,千五百年前と同じように,失敗と欠点に苦しんでいますよ…」(本書「死者の村」より)

 この作者は,数多くのシリーズ・キャラクタを擁することで有名ですが,その13人のキャラクタについて,「1キャラ1短編」で集められた作品集です。「謎解き」を物語の核心としながらも,キャラの設定の違いによりテイストが異なり,ヴァラエティに富んだ作品集となっています。日本版オリジナルとのこと。

「<怪盗ニック・ヴェルヴェット> シルヴァー湖の怪獣」
 「龍を盗んでほしい」…そんな依頼を引き受けた怪盗ニックは…
 「価値のあるものは盗まない怪盗」という設定が楽しいシリーズ。「龍を盗む」という,なんとも破天荒な「お題」も,そういった設定だからこそ可能なのでしょう。トリックは小粒ですが,作者が,なんで「龍」の正体を思いついたかを想像するとおもしろいですね。
「<西部探偵ベン・スノウ> ストーリーヴィルのリッパー」
 家出し,売春婦となった娘を連れ戻すよう依頼されたベン・スノウは…
 19世紀末のアメリカ南部に“ジャック・ザ・リッパー”を持ち込むという奇想が楽しいですね。ただトリックは,古典中の古典なので目新しさに欠けるうらみがあります。しかしカーニバルの喧噪の中で,ベンが,犯人の「意図」を突き止め,事件を阻止しようと懸命になるサスペンスがたまりません。
「<ポール・タワー> ロリポップ警官」
 “ロリポップ警官”ポールは,小学校で殺人事件に遭遇する…
 子どものカツアゲ事件と,殺人事件。ストーリィの展開から両者がどのように結びつくかが,焦点になることは予想がつきますが,その繋がり方の意外さがいいですね。ポールが両者を結びつける発想に,ちと飛躍があるようにも思いますが…
「<デイヴィッド・ヌーン神父> 技能ゲイム」
 「日曜日に教会を爆破する」…ヌーン神父は,脅迫者をなんとか捕まえようとするが…
 ヌーン神父が,電話での会話だけから犯人像を推理するところは,アームチェア・ディテクティヴあるいはプロファイリング・ミステリ的な興趣があります。相手の名前を知る,ということが,犯人との関係で重要な意味を持つことは,誘拐ものとも近しいものがあります。
「<サム・ホーソン博士> 有蓋橋事件」
 有蓋橋から忽然と消えた男は,死体で発見され…
 密室状況下における不可解な人間消失を描いていますが,そのメイン・トリックよりも,有名なホームズ譚「ソア橋」を巧みに用いたミス・リーディングの方が楽しめました^^;; ところで,おそらく「Dr.」を「博士」と訳したのでしょうが,むしろ「医師」でしょうね。
「<オカルト探偵サイモン・アーク> 死者の村」
 村人73人すべてが崖から飛び降り自殺した事件に潜む悪意とは…
 初出は1955年とずいぶん古いのですが,作者は,この作品の真相を「奇想」として想定したのでしょうか? 突飛な奇想ではなく,「ありうること」と思えてしまう現代とはいったいいかなる時代なのでしょうか? このシリーズにしては,ちとひねりが弱い感じがします。サイモン・アークデビュー作だからでしょうか?
「<インターポル>第三の使者」
 飛んでいる飛行機から,巨額の現金を運ぶ使者が,2人も消えてしまい…
 「使者」消失のトリックよりも,トルコを舞台にした,新興宗教団や麻薬栽培をめぐる活劇の方が,物語のメインとなっているように思います。国際的なインターポールという設定によるものでしょう。
「<コムピューター検察局> コムピューター警官」
 誰も触ることのできないはずのコンピュータが,勝手に株の売買をしているという…
 『ヴィーナス・シティ』の感想文にも書いたように,過去に書かれた「未来」というのは,独特の面白みがありますが,2006年,オフィスが国際貿易センターの最上階にある,という文章を読むと,諸行無常を感じちゃいますね。「あんな形」で無くなってしまうなんて,誰も想像できなかったでしょう。その一方で,権力者の「敵」を求める,狂気にも似た欲望だけは,しっかり受け継がれているようで,そこらへんも哀しい。
「<ダブルCマン/ジェフリー・ランド> ランド危機一髪」
 暗号文書を盗もうとしたスパイが,その直前に射殺され…
 事件の構成をシンプルにすることで,「ホワイダニット」をより鮮明に浮かび上がらせるとともに,逆転の発想で「真の理由」を提示するラストは鮮やかですね。米ソ冷戦時の熾烈な諜報戦と,その冷酷さと虚しさをさりげなく挿入する手際も見事です。本集中,一番楽しめました。
「<私立探偵アル・ダーラン> 火のないところに」
 女泥棒から絵画を護ってほしい,と,美術館長から依頼されたダーランは…
 ブラウズ館長の依頼が正しいのか,それとも女泥棒ローラの告発が正しいのか,そして起こる殺人事件,犯人は「どちら側」なのか,と,ストーリィ展開のテンポがよく,サクサク読める作品です。引退を決意したばかりの私立探偵というキャラ設定もおもしろいですね。
「<詐欺師ユリシーズ・S・バード> 百万ドル宝石泥棒」
 ユリシーズの今度の獲物は,大金を横領した元・運送業者が隠し持つ宝石…
 叙述ミステリが流行する昨今の日本ミステリ界にあっては,やや新鮮みを欠く観がありますが,本編が主人公のデビュー作とのことですので,そう言った意味では,まさに「鮮やかデビュー」といって良いでしょう。
「<秘密諜報員ハリー・ポンダー> 危険な座」
 逮捕されている反体制派ゲリラの解放と引き替えに,ゲリラに誘拐されたハリーは…
 「ジェフリー・ランド・シリーズ」と同様,米ソ冷戦を背景としたスパイ戦を,緊迫感たっぷりに描いています。そこに本格ミステリとしてのフォーマットを踏まえての,ラストのツイストは小気味よいですね。逆転の発想は,この作者の得意技と言えましょう。
「<レオポルド警部> 孔雀天使教団」
 引退したスパイ“ヴェニス”を追うCIA要員が毒殺された。“ヴェニス”とはいったい何者なのか…
 伝説的スパイ“ヴェニス”は誰なのか? どこにいるのか? というメインの謎をめぐって,レオポルド警部をとことんまで「袋小路」に追いつめた上での逆転劇は,やはりこの作者の十八番でしょう。警部が真相に気づくきっかけがおもしろいですね。またこの作品でも米ソ冷戦の影が色濃く,その苦々しさを伝えるエンディングも味わいがあります。

03/03/30読了

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