シャーロット・アームストロング『あなたならどうしますか?』創元推理文庫 1995年

 10編をおさめています。最初の「あほうどり」は文庫版200ページありますので,中編と呼んだ方がいいですが,「珠玉の短編集」とは,まさにこういった作品を指すのでしょう。

「あほうどり」
 ふとしたはずみで男を殺してしまったガードナー夫妻は,その償いに,未亡人と,車椅子から立つことのできない彼女の妹をひきとることにし…
 全編,すさまじいまでの緊迫感に包まれた作品です。ひきとった未亡人オードリーは,一見,聖人のごとく物静かでおだやか,けして人と争うような性格ではありません。しかしその言葉の端々に「悪意」を感じ取った妻エスターは,しだいに苛立ちを深めていきます。夫トムは,罪の意識に頭が一杯で,エスターの「告発」に耳を貸そうとしません。そしてなにかを企むかのようなオードリーとジョーン姉妹の姿が,エスターをさらに疑心暗鬼に駆り立てます。ここらへんの姉妹とエスターとのやりとりは,オードリーの丁寧な穏やかな言葉使いとあいまって,真綿を首で締められるようなシーンの連続です。加えて,本当に姉妹はなにかを企んでいるのか? それともエスターの単なる思いこみでしかないのか? そんな,どちらに滑落するかわからない分水嶺を歩くかのようなストーリィ展開の巧妙さもたまりません。そしてなんといっても,終盤での本格ミステリ的な展開と,それにつづくクライマックスのサスペンス! 手に汗握るとは,こういったシーンを言うのでしょう。これほど息詰まる展開を楽しめた作品は,じつに久しぶりです。
「敵」
 愛犬を毒殺された少年は,普段から敵意を持っていた男を犯人と決めつけるが…
 どうやら「ラッセル弁護士・シリーズ」の1編のようです。犬の毒殺事件の経緯を,集めた証言から再構成,最後で思わぬ真相が明らかになるところは鮮やかです。憎しみに燃える少年を,なんとか助けようとするラッセルの姿もいいですね。
「笑っている場合ではない」
 ペギーは殺人を目撃したという。しかし友人は,彼女が常習的な嘘つきだと言い…
 サスペンスたっぷりの作品です。ペギーは嘘をついているのか,それとも本当に殺人現場を目撃し,犯人に狙われているのか,主人公ジョージの心の揺れ動きが巧みな筆致で描き出されています。そしてショッキングなラスト。これは怖いですね。
「あなたならどうしますか?」
 1年前に死んだはずの男が生きていた。しかし,彼を目撃した“わたし”を周囲は嘘つきと罵り…
 愛する心,憎む心,許す心,悼む心・・・これまた,前作と同様,主人公の心理を活写した作品です。読者の側からすると,主人公は本当に男―1年前に死んだはずの男―を目撃したのか,それとも彼女の憎しみの心が見せた幻影なのか,そのどっちつかずの宙吊り状態にやきもきさせられ,ぐいぐいと読み進めていけます。秀逸なラストはうなってしまいます。
「オール・ザ・ウェイ・ホーム」
 “わたし”の勤める美容院に彼女がやってきた。わたしと夫の運命を握る女が…
 夫が,かつて無実の罪で服役していたことが,トラブルに巻き込まれるきっかけになったという設定が心憎く,また説得力があります。緊張感たっぷりの展開の末に突然の転調。「あれあれ」と思っているところへ,最後に見事な着地を見せます。「災い転じて福をなす」という俗諺がミステリに馴染みやすいことに気づきました(笑)。
「宵の一刻」
 母親が家政婦として勤める家で起きた殺人事件。殺人犯として告発された母親を前にして,その子どもたちは…
 この作品も「ラッセル・シリーズ」の1編。なんだか同じことばっかり書いてますが,この作者はキャラクタの心理描写の巧さにはまいってしまいます。とくにこの作品では,母親に対する兄の気持ち,妹に対する態度,母親をめぐる兄と妹の立場の違いなどが,的確な文章と描写で描き出されています。ラスト付近での兄と妹の関係の変化がいいですね。謎解きは時代的なギャップのせいか,ピンと来ませんでしたが^^;;
「生垣を隔てて」
 7年前に起こった殺人事件を聞いた少女は,そのことが頭から離れなくなり…
 あるミステリ作品の善し悪しは,トリックだけではなく(「トリックではなく」とは言い切りません),その演出の巧拙にも大きく左右されるのだろう,ということを改めて気づかせてくれる作品です。本作品のトリックはきわめてシンプルな,それこそ子ども向けの「推理クイズ」にも出てきそうなものですが,それを,利発だけれど,少々鼻持ちならない作家志望の少女の手記と,彼女の企みを絡めることで,ミステリアスで奥行きのある魅力的な作品に仕上げています。
「ポーキングホーン氏の十の手がかり」
 ミステリ作家ポーキングホーン氏の隣宅に,脱獄囚が逃げ込み…
 ピリピリするような緊張感あふれる作品群の間の,エア・ポケットのようなユーモア・ミステリです。「当たった予言の背後には当たらなかった予言が山ほどある」と言いますが,「当たった推理」の背後にも,掃いて捨てるほど「当たらなかった推理」があるのかもしれません(笑)。
「ミス・マーフィ」
 高校に勤める秘書ミス・マーフィは,独特の雰囲気を持った4人組の高校生に好意を寄せていたが…
 最初読んだときはピンと来なかったのですが,よく考えてみると,ラストでの主人公の悪意―ほんのひとときの「救い」を与える替わりに,一生分の「救い」のチャンスを放棄させるという底知れぬ悪意が,じわじわと伝わってきます。
「死刑執行人とドライブ」
 銃の暴発で息子を失った父親は,現場にいた女性教師に逆恨みをして…
 短編というのはオープニングが魅力的かどうか,というのがポイントのひとつになると思うのですが,この作品は,最初のワン・シーン(とタイトル)で,物語の核心に一気に読者を引き込むという点で,まさに短編小説のお手本のような作品ではないでしょうか? そしてタイトル通り,殺す側と殺される側が同じ車で「ドライブ」するという緊張感が全編を覆っています。ネタばれになるので詳しく書けませんが,エンディングもいいですね。でもジェフリーがちょっとかわいそうというか,情けないというか(笑)。

99/09/12読了

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