歌野晶午『生存者,一名』祥伝社文庫 2000年

 爆破事件を起こし,鹿児島沖の孤島・屍島に逃れたカルト教団の教徒6人。だが,それは教団が実行犯を抹殺するための罠だった。取り残された男女は生き延びる道を模索するが,ひとり,またひとりと,何者かによって殺されていく・・・

 「祥伝社文庫15周年記念特別書き下ろし」と銘打たれた「400円文庫」シリーズの1冊です。この作者の作品を読むのは,『さらわれたい女』以来ですから,じつに3年ぶりです。

 人里離れた隔絶した孤島で連続殺人事件が発生するというシチュエーションは,「クローズド・サークル」もののミステリでは「定番」であり,また本作品と似たような展開のもので有名な作品に,アガサ・クリスティの古典『そして誰もいなくなった』があります。作者は,この「手垢のついたネタ」をどのように料理するかが,まず読む際の第一の関心になるでしょう。
 さらに,本作品では,タイトルもそうですが,冒頭において,生存者が1名いることが宣言されます。だれかが生き残るわけです(逆に言えば,その生存者以外はすべて死ぬことになります)。その生存者はいったい誰なのか? もまた,本作品のメイン・テーマでありましょう。

 物語は,「真の道福音教会」というカルト教団の一員で,爆破テロの実行犯のひとり,“わたし”大竹三春の手記によって進行します。彼女は,ときに第三者的な醒めた眼で,ときにテロに関わってしまった苦悩に満ちた想いで,手記を書き進めていきます。そして孤島で発生した殺人事件の犯人探しを試みます。
 ですから,真っ当に考えれば,「生存者=“わたし”」となるわけですが,そこはそこ,本作品はミステリであり,近年,「叙述ミステリ」が席巻する日本において新たに書き下ろされた作品であるわけですから,「ミステリ者」が,頭から疑ってかかって読み進めることは,作者の方としても,当然,考慮に入れていないわけがありません。
 そんな困難ともいえる状況で,作者は,いったいどんなトリックを仕掛けてくるのか? これはもう,いやがうえにも期待が高まるというものです。

 で,その幕の引き方はというと,個人的には満足のいくものでした。途中で,「あれ?」と思い,そのうえで「なるほど」と安心させ,さらに加えて「足払い」をかけ,最後の最後になって,「そこまでやるか!」と思わせる鮮やかなエンディングです。とくにラストの一文は苦笑を禁じ得ない見事なものだと思います。
 また連続殺人をめぐる,さまざま仮説が提示され,議論され,棄却されていくプロセスや,最後に“わたし”が真犯人へとたどりつく論理的な推理展開など,本格ミステリとしての作法もしっかり踏まえているところも,好感が持てました。

 「クローズド・サークルでの連続殺人」という手垢のついたネタを,叙述ミステリとして上手に料理した作品と言えましょう。

00/11/09読了

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