歌野晶午『さらわれたい女』講談社文庫 1997年

 「私を誘拐してください」ある日,便利屋の“俺”を訪ねてきた人妻はそう告げた。マザコンの夫を懲らしめるために狂言誘拐を頼まれた俺は,相手のペースに巻き込まれつつも,誘拐劇をでっち上げ,おまけに小遣い稼ぎもできた。何もかもうまくいったと思いきや,“事件”は意外な展開を見せ・・・。

 物語はふたつの流れで進行していきます。ひとつは,“誘拐”された小宮山佐緒里の夫・隆幸を中心に描かれていく流れ。もうひとつは,佐緒里の依頼で狂言誘拐を仕組んだ“俺”の行動を描く流れ。両者が交互に描かれ,ちょうど“事件”の表舞台を描いた後に,その裏舞台を描くという構成をとっています。伝言ダイヤルやダイヤルQ2を利用した“身代金”の要求や,警察の裏をかいた身代金奪取劇など,テンポよく展開し,サクサクと読んでいけます。作者自身が「あとがき」で書いていますように,自動車電話やショルダーホンなどの小道具は,今からすると古めかしい感じはしますが,それはそれで仕方のないことでしょう(コンピュータ絡みの通信関係の発達はすさまじいものがありますからねぇ)。またその後の,“俺”の思惑をはずれた意外な展開も,展開そのものは予想がつくところもありますが,事態に直面した“俺”の慌てふためいた行動がコミカルに描かれたり,途中に“犯人”の描写が数ページ挟まれるなど,なかなか読者を惹きつけます。そして後半,自分が“事件”の裏舞台にいると思っていた“俺”は,さらにその裏の裏の真相へと迫っていきます。意外な人物が意外な場所に登場させ,物語を盛り上げています。そういった意味で,全体のテンポはなんとも軽快で,要所要所に「引き」を設定するなど,うまく仕上げてある作品だと思います。

 ただ,この「テンポの良さ」というのが,その反面で「ちょっと,都合よすぎるんじゃないの?」と思わせてしまうところもあるのも,また事実なのでしょう。狂言誘拐劇は,あまりに“俺”の思惑通りに進みますし,“俺”が直面する“意外な展開”は,“真犯人”の思惑通りのように思えます(実際にはかなり危ない橋を渡っているのですが)。また後半,“俺”が真相へと迫る道筋も,ドミノ倒しのように,パタパタという感じで,一直線に進んでいるように思います。まあ,ライト・ミステリといった感じが強いですね。それはそれでいいんですが,この作者に対しては『ROMMY』のような作品を期待している部分があったせいか,ちょっと物足りない気持ちが残ってしまうのが残念です。

97/12/07読了

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