夢枕獏『聖楽堂酔夢譚』集英社文庫 1998年

 え〜と,本書をどう紹介したらよいでしょうか? まずのっけから困ってしまっています(笑)。

 本書の中心となるのが,タイトルにある「聖楽堂」です。「聖楽堂」というのは小田原にある古本屋さん。普通の古本屋がめったに置かないような古本を山ほど置いてある,不思議な古本屋さんです。で,作者・夢枕獏は,この古本屋から,自分の小説のネタになるようなさまざまな本を買っています(ということになっています)。そして,この古本屋で手に入れためずらしい本を紹介,書評する,ということが本書の目的(?)のひとつになってます。
 まず作者の祖父が書いたという『清楽ひとり語り』,ついで作者の幻の投稿作品『風太郎の絵』(これはハヤカワ文庫から出ている『風太郎の絵』とは別物だそうです),さらに説教強盗の手記『強盗の心理』,そして『上弦の月を喰べる獅子』の元ネタになったという『螺旋教典』などです。
 とくにわたしが好きなのは,『清楽ひとり語り』の部分で,旅芸人として一生を終えたという作者の祖父の姿と,作者の旅への熱い想い―このことは他のエッセイや「あとがき」などでもしばしば語られていますが―がシンクロし,さらにはわたし自身の内にもある似たような部分とも重なり合い,楽しく読むことができました。

 じゃぁ,本書はこういった変な本の書評集なのかというと,ぜんぜんそんなことはありません。その紹介・書評の間に,作者の若い頃の―作家としてデビュウする前の―体験や想いが自伝風な,私小説風な,あるいはエッセイ風な形ではさまされていきます。いやさ,そんな自伝的私小説的エッセイの合間に,本の紹介・書評があるといった方が適切でしょう。
 ここらへんの記述は,先日読んだ『瑠璃の方舟』と共通する部分も多く,「自分とは何者なのか? 自分にはなにができるのか?」と迷いつつも,「物語を書くプロになる」と心に決めている,若き夢枕獏の熱気と矜持がひしひしと伝わってきて,読んでいてなにやらふつふつと元気が出てきます。
 要するに,聖楽堂という古本屋から入手した稀覯本を紹介,書評すると称して,その本をネタにしながら,自伝的なエッセイを書いたのが本書である,ということにもなるのですが・・・・。

 じつは,こう書いてしまうと,本書を正当に扱ったことにはならないのです。本書にはもうひとつ「仕掛け」が施されています。思わず大笑いしてしまい,その後「う〜む,お主なかなかやるな」的な「仕掛け」があります。この本はミステリではないのですが,その「仕掛け」について書いてしまうと,ミステリで言うところの「ネタばれ」になってしまい,この本のおもしろさが半減,どころか,おそらく80%くらいは消失してしまうんじゃないかと思います。
 なんとも困った本です(笑)。
 ですから,感想文では禁じ手と言われてしまいそうですが,
「最後まで,とにかく読み進めてください」
と書いておきます。

 ところで本書と同じような路線の作品『純情漂流』『絢爛たる鷺』が,来月と再来月に集英社文庫から出るそうで,これはなかなか楽しみです。

98/07/28読了

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