稲見一良『セント・メリーのリボン』新潮文庫 1996年

 5編よりなる短編集です。テーマは“男の贈り物”だそうです。

「焚火」
 他人の女と逃げた男,途中で女は追っ手に殺され,男は森を彷徨う。そしてひとりの老人と出会い…
 アメリカ版塚原卜伝とでもいいましょうか(^^;。一見,ぼけた弱そうな老人がじつは・・・,というお話。映画のワンシーン,一エピソードのような作品です。ちょっと老人がかっこよすぎますが,こういった,老人のこれまでの人生について触れないミステリアスな描き方は好きです。
「花見川の要塞」
 カメラマンの“俺”は,仕事でおもむいた花見川の河原で,古いトーチカを見つける。そこで不思議な少年と老婆と出会い…
 この作者の作品は,もともとファンタジー色が強いものですが,ただそれは,設定や登場人物の行動のリアルな描写に支えられているように思います。だから逆に,ファンタジーそのものを大幅に導入した,このような作品には,ちょっと戸惑ってしまったのが正直なところです。また幻の汽車を見ることができない主人公が,「どうすれば見られるようになる?」と老婆に問いかけ,彼女が「バカバカしいことでもやってみなされ」というのは,あまりにストレートすぎて,少々いただけません。
「麦畑のミッション」
 第二次大戦ヨーロッパ戦線。ドイツ爆撃の帰途,ジェイムズの搭乗機ジーン・ハロー号はトラブルをおこし…
 前半部ののどかな田園風景の中を歩く親子と,後半部の緊迫感ある戦闘シーンが対照的な作品です。その前半部の描写がクライマックスでの重要な伏線になっています。この作品もファンタジックな作品ですが,先ほど書いたようなリアルな描写に支えられ,「花見川の要塞」よりも,この作者らしさが出ているように思います。
「終着駅」
 東京駅で赤帽を勤める“わたし”。田舎でペンションと老人ホームを営むことを夢見るのだが…
 痛快な冒険劇のプロローグのような作品です。ううむ,もったいない。思わず「つづき」が読みたくなります。
「セント・メリーのリボン」
 猟犬探し専門の探偵・竜門卓のもとに依頼された事件は,盲導犬の捜索だった…
 『猟犬探偵』の主人公・竜門のデビュー作なのでしょう,前半は主人公の性格描写が中心になっています。ヤクザ相手に一歩も引かない竜門のタフさと,そういった連中と渡り合うしたたかさが小気味よいです。そして後半,『猟犬』のほうでもたびたび言及されていた金桂花(キム・ケファ)が登場,メインストーリーである盲導犬探しへと進んでいきます。事件そのものは単純なものですが,そこで竜門が出会う人々は,暖かく,それでいて一本筋の通った性格で,前半のヤクザ連中とのギスギスした雰囲気とは好対照をなしています。最後の「これから言う口上をとちらないよう,何度も練習していた」というところは,主人公の不器用でいて誠実な性格がにじみ出ていて,好きなシーンです。

97/07/14読了

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