稲見一良『猟犬探偵』新潮文庫 1997年

 大阪能勢の山中に住む,猟犬探し専門の探偵・竜門卓。ところが彼のもとに来るのは,猟犬探しばかりでなく,トナカイや馬を探してくれという依頼。「猟犬専門という信条の一線が毎年少しずつ後退している」と思いつつ,“彼ら”を追う竜門の姿を描いた4編よりなる短編集です。

 この作者の描く作品は,文体や設定はたしかにハードボイルドなのでしょうが,そのベースにあるのはファンタジーなのではないかと思います。ただ飾り気を削るだけ削って残った宝石のように硬質なファンタジーです。ですから主人公をはじめ,登場人物がみんな浮き世離れしています(笑)。しかし,だからこそなのかもしれませんが,“偽ナチュラリスト”“小王国の帝王”たちとは一線を画す彼らの信条や行動様式は,あんなにも輝いているのかもしれません。
 解説で安部龍太郎は,この作者のことを「夢を語る不良老人(タフガイ)」と呼んでいますが,じつに言い得て妙だな,と思います。それにしても,この作者が10冊の既刊を残し,すでに物故されていることが,じつに残念です。

「トカチン,カラチン」
 「キタ動物ランド」の四男・小雪がトナカイとともに失踪した。目的地は有馬温泉。竜門は依頼人の金巻とともに山中に入る…
 この物語では,小雪が迷い込んだ山荘で見せた“悪ガキぶり”も好きですが,やはりなんといっても最後のセリフがたまりません。思わず赤面したくなるほどかっこいいです。もしかすると,このセリフを書きたいがためにこの作品を書いたんじゃないか,と思わせるほど,むちゃくちゃ決まっています。
「ギターと猟犬」
 姿を消した猟犬ワイマラナーを探す竜門は,“彼”を大阪キタの繁華街,流しの艶歌師の傍らに見いだす…
 内容は“流し”に対する作者の愛着が色濃く出ている作品だと思います。個人的には,竜門が「翌朝目を覚ますと同時に,昨日は夕飯を食わなかったということに気づいた。ひどく損をしたような気がした。」という一節が気に入っています。「生活を楽しむ」なんて言葉は,昨今あまりに使い古されて垢じみていますが,こういった感覚こそが「生活を楽しむ」ことを自明のこととして実行している人の言葉ではないかと思いました。
「サイド・キック」
 日本有数のサラブレッド調教所「西日本ファーム」から,1頭の馬と一匹の犬,そして老厩務員が姿を消した。彼らを追う竜門は…
 厩務員たちが長距離トラックに乗るきっかけとなったエピソードは,なんとも愉快です。とても現実味があると思えないシーンでも,この作品集全体に漂うファンタジックな雰囲気に浸っていると,すんなり入り込めてしまうところがなんともいえずいいです。
「悪役と鳩」
 ストリート・ファイター天童から,姿を消した犬の捜索を依頼された竜門は,周辺でも似たような猟犬失踪事件が続いていることを知り…
 竜門&天童コンビが,猟犬××団相手に大活躍が楽しめる1編です。ただ結末は哀しいです。なんでこんな風にしたのか,ちょっとわかりません。展開も唐突な感じが拭えません。この作品集で唯一の不満点です。

97/07/08読了

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