アイラ・レヴィン『ローズマリーの息子』ハヤカワ文庫 2000年

 この感想文は,本作品ならびに『ローズマリーの赤ちゃん』の内容に深く触れていますので,ふたつの作品を未読で先入観を持ちたくない方には,不適切な内容になっています。ご注意ください。

 1999年11月9日,ローズマリーは目覚めた。27年間にもおよぶ昏睡状態から・・・そして彼女は,悪魔教徒にさらわれた息子アンディが,「神の子どもたち」という宗教団体のカリスマ的指導者になっていることを知る。息子との再会を果たし,喜びに浸るローズマリーは,しかし,悪魔の血を半分継ぐアンディに対する不信感を拭いきれない・・・

 モダン・ホラーの古典『ローズマリーの赤ちゃん』の,30年ぶりの続編です。いやはやなんとも,息の長いお話で・・・(^^ゞ

 さて物語においても,『赤ちゃん』と本編との間には,約30年間の時間差があります。その間,ローズマリーは,悪魔の呪法により昏睡状態で過ごし,一方,人間の血と悪魔の血を半分ずつ引く彼女の息子アンディは,強いカリスマ性で人を惹きつける宗教的指導者となっています。本編は,ローズマリーの覚醒と,親子の再会で幕を開けます。
 30年・・・けっして短い時間ではありません。それゆえ,その間に社会は大きく変貌しています(その変化の一端を,作者はローズマリーの「新鮮な目」で描くのですが,当然の如くアメリカの風俗で描いているものですから,いまひとつピンと来ないところもあります)。そしてそれは「悪魔」の変化をも含んでいるように思います。『赤ちゃん』において,悪魔あるいは悪魔信奉者は,ブラムフォードという古いアパルトメントの一室で,密やかに,世間の目から隠れて邪教の儀式を執り行っていました(もちろん,『赤ちゃん』が「妊娠−出産」という,きわめてプラヴェイトな領域における恐怖を描いているがゆえのこともあるでしょう)。
 それに対して,本編での悪魔は,化学兵器を用いて,人類を破滅へと追いやります。『赤ちゃん』で描かれたような「悪魔の儀式」は,本編でも出てきますが,それは「エリートの息抜き」程度にしか描かれていません。

 このような「悪魔」の変貌には,おそらく,近年,アメリカ,ヨーロッパ,そして日本においても,大きな社会的な脅威となっているカルト集団のテロリズムという問題が影を落としているように思えてなりません。現代において「悪魔」は,どこか人目のつかぬところで怪しげな秘儀を繰り返すような,ある意味「牧歌的」な存在ではありません。現代の殺人兵器を用い,大量殺戮を実行しうる現実的な恐怖となっています。
 この30年間には,そんな「悪魔の変貌」があり,それが『赤ちゃん』と本編との大きな違いになっているようにも想像されます。それゆえ,本編で描かれる「恐怖」は,『赤ちゃん』よりも,はるかにリアリティ−少なくとも現代のわたしたちにとっての,おぞましいばかりのリアリティを生み出しています(とくにサリン事件を経験した日本人にとっては,けっして絵空事ではありません)。

 しかし作者は,最後の最後になって,すべてを「チャラ」にします。『ローズマリーの赤ちゃん』も本編も,いずれも,妊娠する前のローズマリーが見た「悪夢」として,物語の幕を引きます。この,傑作の呼び声も高い前作を否定するような「夢オチ」には,おそらくや,賛否両論あるのではないかと思います。
 ただ想像するに,上に書いたような「悪魔の変貌」を,現実において目の当たりにした作者が,最後の希望とも言えるようなせつない気持ちを,このエンディングに託したのではないでしょうか? そう,「悪魔」とは,人間の「夢」の中に生まれ,育っていくものなのだ,人間がそんな「夢」を見なければ,「悪魔」は生まれることも,育つこともないのだ,とでも言いたげな気持ちを・・・

00/00/00読了

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