馳星周『鎮魂歌(レクイエム) 不夜城II』角川文庫 2000年

 「正しいことを口にする人間はここでは生きていけない」(本書より)

 チャイニーズ・マフィアの抗争事件から2年,かりそめの平和を取り戻した新宿歌舞伎町の黒社会は,しかし,台湾マフィアのボス楊偉民が,北京マフィアの幹部を暗殺したことから,ふたたび血腥い風が吹きはじめる。楊偉民の狙いは那辺にあるのか? そして,楊に怨みを抱く劉健一は,ひそかに復讐の牙を研ぐ・・・

 サブタイトルにありますように,『不夜城』の続編です。物語は,劉健一楊偉民に対する呪詛からはじまります。2年前,自分の恋人を殺させた,健一自身の手で殺さざるを得ない状況に落とし込んだ楊偉民に対する,冷たく黒い復讐の言葉から幕を開けます。このことは,この続編が劉健一の「復讐譚」であることを冒頭から宣言しているといっていいでしょう。
 しかし作者は,健一の復讐劇をストレートに描こうとはしません。ストーリィは,楊偉民の子飼いの凶手(殺し屋)郭秋生と,元警官でサディストの滝沢,このふたりの姿を交互に描きながら進んでいきます。秋生による北京マフィアの幹部張道明暗殺に端を発して,新宿歌舞伎町はきな臭い匂いに包まれます。張のボス崔虎は滝沢に命じて,張殺しの犯人を探索させます。一方,秋生は,楊の命令で,上海マフィアのボス朱宏の愛人楽家麗のボディ・ガードをするようになります。他人に暴力を振るい,従わせることに快楽を見出す滝沢,そして義理の姉を犯し,殺してしまった秋生。作者は,ねっとりとした,しかしそれでいて突き放したような描写で,ふたりが抱え込む「闇」を浮き彫りにしていきます。
 そして,秋生が,家麗を脅迫し犯した上海マフィア洪行を殺害し,劉健一の“協力”を得て,その死体を隠し埋めたところから,ストーリィは加速しはじめ,登場人物各人の欲望,狂気,保身,裏切り,そしてむき出しの暴力によって,さながら坂を転がり落ちる石の如く,事態は混沌としていきます。さらに「噂」という情報が,人々を疑心暗鬼に陥らせ,容易に,そうあまりに容易に壮絶な消耗戦へとエスカレートしていきます。それは前半で描き込まれた滝沢と秋生の「闇」と響き合い,展開に説得力を持たせています。「自分以外の他人はいっさい信じてはいけない」という,この作品,いやこの作者の作品に共通するフォーマットが,事態を二転三転させ,混沌へと導いていく・・・このあたりのストーリィ・テリングは,まさにこの作者の独壇場と言っていいでしょう。
 そう,この「自分以外の他人はいっさい信じてはいけない」というルール・・・これがこの作者の作品に共通するものなのでしょう。さまざまな欲望や狂気,裏切りを描きながら,その根底にあるのはこのルールです。キャラクタたちはそのルールに従って,人を裏切り,騙し,裏切られ,騙され,そして破滅していきます。そのルールを自覚し,利用し,他人を操ることができた人間−それが勝利者なのです。
 ですから,劉健一の楊偉民に対する復讐,上のようなルールに翻弄され,裏切られ,傷ついた劉健一の復讐は,まさにそのルールをみずからの掌中に収めること以外にはなかったのです。そしてそれは劉健一が楊偉民になることだったのです。たとえそれが,第2,第3の「劉健一」を生み出すものであろうとも・・・

01/05/02読了

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