池上司『雷撃深度一九・五』文春文庫 2001年

 「勇将とは勝つためにはいつでも悪魔になれる男のことである」(本書より)

 1945年7月,アメリカ海軍重巡洋艦インディアナポリスは,新型兵器・原子爆弾を積んで,サンフランシスコを出航,最終目的地レイテを目指して太平洋を東に向かっていた。一方,時を同じくして,日本海軍・伊号第五八潜水艦は,機密指令を受け,沖縄沖を南下。そして両者が交錯するとき,密やかな,しかし,壮絶な戦闘が繰り広げられることになる・・・

 掲示板にてピングーさんのご紹介作品。この作家さんは,『四十七人の刺客』の作者池宮彰一郎の息子さんとのことです。

 さて本作品は,太平洋戦争最末期,アメリカ海軍巡洋艦インディアナポリス号が,日本海軍伊号第五十八潜水艦に沈められたという史実を素にしたフィクションです(といっても,そんな史実があったことは,この作品を読むまで知らなかったのですが^^;;)。
 物語は前半,この「主役」となるふたつの「船」の軌跡を追いかけながらも,そこにもうひとつ,フィリピンから日本本土へ帰ろうとする商船団の行方を描いていきます。インディアナポリスと伊五八とが,この物語のメインになることは冒頭からわかっているものの,この商船団と,それに乗り込んでいる船団指令永井稔少将がいかなる役割を果たすのか,がひとつの「謎」として,前半のストーリィを牽引していきます。またインディアナポリスをめぐるアメリカ軍部の陰謀がほのめかされているのも,ミステリアスな雰囲気を醸し出しています。
 ただ,じつをいうと,わたし,この前半部で一度,本書を読むのを挫折しているんです(^^ゞ というのも,とにかく専門用語が多い! 戦史ものなどまったくといっていいほど読んだことがなく,戦艦やら潜水艦やらのメカニックなものには,とんと関心のないわたしですので,この専門用語の頻出は,さすがにちょっと苦痛でした。
 しかし2度目のチャレンジで,この部分を我慢して(笑)読み進め,中盤までいくとストーリィは俄然,おもしろくなってきます。つまり,永井少将の乗る商船団が米軍潜水艦により撃沈され,からくも生き延びた永井は,伊五八によって救出されます。そしてインディアナポリス艦長マックベイの回想の中に,天才的戦術家ミノル・ナガイの名前が出るにおよんで,この物語の中に一本「筋」が通ります。さらにアメリカ軍部の陰謀−マッカーサーに原爆を手渡すな!−が明らかにされることで,伊五八とインディアナポリスとの「タイマン」という,めったに起こり得ないシチュエーションが設定されることになります。いわば,この物語は「戦記」であるとともに,時代劇によく見られるような「因縁浅からぬ者同士の果たし合い」という,古典的な,そして胸躍るようなけれん味たっぷりの世界へと転回していくわけです。
 ですから後半は専門用語など気にするヒマはありません(笑) 会話を交わすことなく,永井とマックベイとの間で繰り広げられる,相手の裏の裏を読みとろうとする心理戦・知略戦。圧倒的な物量で伊五八を絶体絶命の淵までたたき落とすインディアナポリス。苦境の中,思わぬ奇手で反撃をはかる伊五八号。もう,圧倒的なまでのスリルと緊迫感に満ちた展開で,息をつく間もなくストーリィはクライマクスへ向けて驀進していきます。まさに「手に汗握る」という言葉がぴったりの緊張感に満ち溢れています。
 ですから前半の苦痛などはすっかり忘れ,読後は思わず「ふうっ」と満足の溜め息をつきました。ピングーさん,おもしろい作品のご紹介,ありがとうございました(_○_)

01/04/08読了

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