篠田節子ほか『おぞけ』ノン・ポシェット 1999年

 『万華鏡』『舌づけ』『さむけ』につづく,9編をおさめたホラー・アンソロジィです。例によって,『小説non』掲載作が主体となりますが,3編の書き下ろし作品も収録しています。
 気に入った作品についてコメントします。

加門七海「夜行」
 深夜,円乃(まどの)が乗ったタクシの運転手はどこか奇妙で…
 よく見かける「タクシ怪談」を逆手にとった作品です。「もうひとりの円乃」がいったいどういう運命をたどったのか,けしてストレートには描いていないにも関わらず,それでいて読者に的確に想像させます。
倉阪鬼一郎「黒い手」
 都会のど真ん中にある霊園と老人ホーム。ボケはじめた父親を入れようと下見に行った香田夫妻は…
 「墓地」と「老人ホーム」――近年では,ともに,生者と活気に満ち溢れた都会からは,遠くへ遠くへと押しやられてしまう施設です。それが都会のど真ん中にあるということは,それだけですでに「魔界」なのかもしれません。いやさ,それらを魔界にしてしまうのは,それらを排除し続ける都会人なのかもしれません。
田中啓文「塵泉(ごみ)の王」
 ホテルの塵芥処理係の“ぼく”は,幼い頃に曾祖母から聞いた「ゴミの王」の話が忘れられず…
 生理的嫌悪感を前面に押し出す作品が多いこの作者が,この作品で選んだネタは「ゴミ」です。しかしそれだけでなく,“ぼく”の章と“美佐子”の章を交互に描く構成が,ストーリィにメリハリを与えていて,サクサクと読めます。またショッキングなラストの一文もいいですね。巧い。
草上仁「虫愛づる老婆」
 念願のマイ・ホームを手に入れた由美子。しかし隣には奇怪な老婆が住んでおり…
 これまた生理的な気持ち悪さを描いた作品です。基本的には,この手の作品は苦手なのですが,老婆の喋ったセリフがラストで効いてくるところは楽しめました。
津原泰水「超鼠記(ちょうそき)」
 友人が管理するビルに居候する“おれ”。そのビルに鼠が出たことから…
 昔のエッセイを思わせる文体には独特のリズムがあって,どこか笑みを誘うものがあります。「東京都環境美化協会」の職員のエキセントリックな語り口も楽しいです。そんなユーモア感が漂いながらも,不条理劇的というか,幻想的な展開の末の「落とし所」は,思わずドキリとします。本集中では一番楽しめました。ところで,この作品に出てくる“おれ”こと猿渡というのは,「水牛群」『グランドホテル』所収)の猿渡と同一人物なのでしょうかね?
泡坂妻夫「弟の首」
 景が病室に戻ると,ベッドの上には弟の首があり…
 冒頭から奇怪な非日常的な風景の中にするりとすべりこみ,それがまるで日常のように進んでいきます。ですから映像としては,なんともグロテスクでエロチックな展開なのですが,違和感をさほど感じさせません。そしてラスト,主人公の体験したことは,本当だったのか,それとも妄想だったのか,曖昧なままの幕引きは,恐怖というより不安,落ち着きの悪さを醸し出しています。

00/01/14読了

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