菊地秀行ほか『舌づけ』ノン・ポシェット 1998年

 「ホラー・アンソロジィ」と題されていますが,サイコ・スリラやサスペンスと名づけた方がいい作品も含まれています。8編をおさめています。

菊地秀行「舌づけ」
 末期ガンで瀕死状態だった男が元気になって出社してきた。その治療法は…
 「どう展開するんだろう」と思いながら読み進めていくと,ラストで「なるほど」というオチ。古典的なテーマを上手に調理しています。
小林泰三「影の国」
 ふと思い立ってビデオを整理し始めた“わたし”は,記憶にない映像を見つけ…
 子どもの頃に考えたり,感じたりする「唯我論」や「幻の友人」を巧みに用いたホラーです。(おそらく)誰にでも覚えがある分だけ,恐怖がつのります。「泰三」は「たいぞう」ではなくて「やすみ」と読むんですね,知らんかった(笑)。
北川歩美「長い冬」
 対人恐怖症の三浪生・灘家康希は,今年こそ受験に合格しようと決意するのだが…
 ホラーというよりサイコ・ミステリと呼んだ方が適切でしょう。終わったはずの「長い冬」が,じつは始まりでしかないラストの一言が「ぞくり」とします。
山崎洋子「のっとり」
 ぼけ始めた姑に,嫁の伸子のストレスははしだいに深まり…
 狂気と狂気とがせめぎ合う,息が詰まるような緊迫感に満ちた作品です。伸子は姑の罠に落ちたのか,それともほんとうに狂っていたのか,あいまいなままのエンディングが怖いです。
山田正紀「青い骨」
 妻の遺骨を,電車の中に置き忘れた臼井を,ひとりの女が訪ねてきて…
 これは完全なミステリですね。「ホラー・アンソロジィ」に入れてしまうのは,作者に対してちょっと失礼かと思います(別にホラーがミステリより劣るジャンルという意味ではありません,念のため)。追いつめられる主人公の焦燥がじわじわと伝わってきて緊張感があります。
加門七海「恋人」
 せっかく恋人ができて喜んでいたところに,隣人が奇妙なことを言い始めたことから…
 全編,狂気に満ちた隣人の描写がなんとも胸苦しく,オゾオゾさせられるところにもってきて,虚構のはずのものが現実へとくるりと反転するラストがじつに怖いです。本集中,一番楽しめました。
赤江瀑「弄月記」
 死んだ妻の遺言を果たすため,廃村を訪れた画師は,そこでひとりの老人と出会い…
 「山中異界譚」とでもいいましょうか。誰も見ることのない花や月こそが,誰も見ることがないゆえに,一番美しいのかもしれません。タイトルは「月を弄ぶ」ですが,じつは月に弄ばれているのは人の方なのではないでしょうか?
乃南アサ「口封じ」
 病院の付添婦の孝枝は,病人をいいように扱い…
 現実的な恐怖ですね,この作品が描く世界は。おそらく作者の狙いなのでしょうが,主人公を思わず絞め殺したくなります(笑)。ああ,カタルシスがほしい…

98/07/24読了

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