加門七海『オワスレモノ』光文社文庫 2006年

 ホラー作品8編を収録した短編集。各編,扱っている素材は,比較的オーソドクスなのですが,それを,少しひねった構成の中で使うことで,新しい「味付け」になっています。

「夜行」
 飲み会の帰り,タクシーに乗った彼女は…
 「閉じられた個室」としてのタクシーが持つ独特の恐怖感をベースにしながら,そこにもうひとつ,ホラーでときおり見られる手法を加えることで,単なる「被害者的恐怖」ではない,別の恐怖を上手に生みだしています。
「白衣の天使」
 骨折で入院中の“私”は,奇妙な少女を見かけるが…
 いわゆる「病院怪談」の系列に属する作品で,「無邪気な少女」の形をした「死神」(<ネタバレ反転)という造型は,よく見られるものですが,「彼女」の主人公に与える影響の「質」が新鮮です。
「恋人」
 引っ越したアパートの隣人は,“俺”の恋人に変なことを告げ…
 「隣のサイコさん」的に始まった物語が,しだいしだいに別のタイプの恐怖へと変質していく展開が楽しめる作品。能天気な感じの主人公が,だんだん狂気に「染まっていく」描写もグッド。本集中で一番のお気に入りです。
「二十九日のアパート」
 年末,一人アパートで過ごす“私”の前に,若い男の幽霊が…
 ディケンズ『クリスマス・キャロル』に代表されるように,欧米では「クリスマス(ゴースト)ストーリィ」は定番ですが,クリスマスならぬ「年末ゴースト・ストーリィ」で,手触りも,クリスマスものと似ています。
「人魚の海」
 海に来た“私”にまとわりつく不気味な男の正体は…
 「みずから生きるために陸地を食い続ける人魚」というイメージが,一風変わっていて,いいですね。「自然」や「人魚」に対する人間の思いこみを,巧みに逆手に取った内容と言えましょう。
「雪」
 「雪女」をモチーフとしたアンソロジィ『雪女のキス』所収。感想文はそちらに。
「アメ,よこせ」
 姉妹は,山中の墓地にお参りがてら,ハイキングを楽しむが…
 ここに出てくる伝説は,作者のオリジナルなのでしょうか,それとも,なにか元ネタがあるのでしょうか? 前者だとしたら,いかにもありそうな雰囲気で,この作者のそちら方面の豊富な知識のなせる技でしょう。余韻のあるラストは,モロ,わたし好みです。
「オワスレモノ」
 事故で停まった電車の中で,男は奇妙なモノを見る…
 諸星大二郎の商業誌デビュー作「不安の立像」を彷彿とさせる作品です。しかし本編では,日常生活に潜む「魔」を,「向こう側」の存在として設定するのではなく,「こちら側」,それも,わたしたちにとってきわめて「近しい」ものに由来する存在として設定しているところが,「キモ」なのでしょう。

06/04/02読了

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