ロアルド・ダール『飛行士たちの話』ハヤカワ文庫 1981年

 山口雅也の『ミステリーズ』を読んで,「ひさしぶりにダールが読みたいなあ」と思っていた矢先,早川書房が「ミステリ通フェア」ということで,古い作品を重版しました。本書はその中の1冊。ところが『あなたに似た人』風の「奇妙な味」の作品集と思いきや,タイトルにあるように,第2次大戦中の飛行士たちを主人公にした,一種の戦記物短編集。阿刀田高の(なかなか手厳しい辛口の)解説によれば,本書は「ダールがダールになる以前の短編集」だそうです。大戦中,実際に飛行士であったダールが,自分の体験をまじえながら書いた短編を集めたものが本書だそうです。ちょっと期待したのとは違っていましたが,それでも戦記物でありながら,後のダールの作品に通じるような,奇妙な雰囲気をたたえていて,それなりにおもしろかったです。気に入ったいくつかの作品にコメントします。

「アフリカの物語」
 ひとりの若いパイロットが残した手記。それには,彼が不時着したときに出会った老人の話が書き留められており…
 アフリカ大草原の中で孤独に暮らす老人の復讐綺譚です。老人の狂気じみた執念が,淡々と描写されており,そのことがかえって不気味な雰囲気を醸し出しています。
「カティーナ」
 ドイツ軍が迫るギリシャの小さな街で救った少女カティーナ。彼女はイギリス空軍の中隊と行動をともにすることになる…
 死と憎悪を描きながら,不思議な静謐さに満ちた作品です。とくに死の描写はストイックなほど簡潔で,それでいて哀しみに満ちています。「しかしパラシュートはどこにも見えなかった」「その数日後,彼は偵察に出たまま帰らなかった」などなど…。ただ,ラストシーンに,ちょっと“国策”的な臭いを感じ取ってしまうわたしはひねくれ者?
「昨日は美しかった」
 ドイツ軍に空襲を受けたギリシャの小さな島。彼は本土に戻るため,船を探すのだが…
 空襲を受けた人々の混乱と哀しみ,エンディングがその深さを暗示させます。
「彼らは年を取らない」
 偵察に出たフィンが行方不明に…
 死亡したと考えられていた2日後,彼は戻ってきた。不思議な体験をして・・・。空を飛ぶこと自体が,人間にとっては不自然なことなのでしょう。足下にはいつも死が潜んでいる。戦闘機であればなおさらのこと。そんなとき,フィンのように“向こう側”の世界を幻視することもあるでしょうし,またそれは心地よい世界に感じられても不思議ではありません。飛行士たち,とくに戦闘機の飛行士たちは,心の奥底でどこかそのことを知っているのかもしれません。本書の冒頭におさめられた「ある老人の死」も,趣向こそ違え,似たような雰囲気をもっています。
「番犬に注意」
 右足を失いつつも,九死に一生を得た飛行士。病院で目覚めた彼は,看護婦の一言に違和感を感じ…
 阿刀田高も書いているように,のちのダール作品に通じるものがあります。ラストシーン以降の,描かれざる主人公の不安と恐怖を思うと,なかなか怖いです。
「あなたに似た人」
 小さな酒場で,ふたりの男がある男の話をしている。狂ってしまった男の話を…
 「狂人を嗤う狂人」の話,とでもいいましょうか。狂気と正常の間,そこには刃ほどの違いもないのかも知れません。「戦争後遺症」という言葉を思い出しました。

97/10/24読了

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