細谷正充編『大江戸犯科帖 時代推理小説名作選』双葉文庫 2003年

 「お互い,ちょっと結びつき方はずれているけどもが,その人がなくては困るっていうふうに結ばれている−まあ,そんないき方もあるってことだな」(本書「卯三次のウ」より)

 サブタイトルにあるとおりの短編11編を収録したアンソロジィです。ただし編者の「解説」によれば,シリーズ・キャラクタによる「捕物帖」は,意図的にはずしているようです。

多岐川恭「四人の勇者」
 一族の長は,4人の若者に“蛭目”殺害を命じた…
 「蛭目殺害」をめぐる長赤埴彦の策謀,妖婦水無瀬のキャラクタ造形,そして本当に蛭目を殺したのは誰かという謎を配した緊張感あふれるストーリィ展開に加え,古代を舞台にしているだけあって,日本神話で有名なエピソードを換骨奪胎した結末へと導いていくところは圧巻です。
松本清張「怖妻の棺」
 恐妻家の婿養子が,愛妾宅で頓死したことから…
 滑稽でありながら深刻な状況というのは,たしかにあります。そんな悲喜劇を,格式と慣習でがんじがらめになった武士ではなく,フットワークの軽い職人の知恵と行動で乗り切るところが,本編の面白味のひとつなのでしょう。
白石一郎「足音が聞こえてきた」
 夫が斬殺され,妻ぬいの運命は大きく変わった…
 武家社会だからこそのミステリでしょうね。ただこの手のアンソロジィに収録されてしまうと,物語背後の真相は見当がついてしまいます。それでもラストでの推理の小気味よさと,余韻あふれるエンディングはいいですね。
浜尾四郎「殺された天一坊」
 将軍のご落胤を騙った天下の大悪党・天一坊の真の姿とは…
 「天一坊」「大岡政談」を素材にしながら,裁判は真実を追求する場なのか,それとも社会の秩序を優先させるのか,という,検事・弁護士を本職としたこの作者らしい問いが発せられています。有名な「真の母親探し」のエピソード,本編で描かれる「偽母の主張」は説得力に富みますね。
古川薫「萩城下贋札殺人事件」
 海で引き上げられた絞殺死体が,1枚の紙片を持っていたことから…
 ストーリィは,シンプルな捕物帖でややフラットな観がありますが,藩札に頼らざるを得ない藩財政の困窮,身分制度の厚い壁,「新時代の到来」と結びつくエンディングなど,随所に盛り込まれた時代描写が楽しめました。
天童真「真説・赤城山」
 役人に追われ赤城山に立てこもった忠治一家。そこで殺人が発生し…
 いわゆる「忠治伝説」と「鼠小僧伝説」とをマッチングさせてのミステリですが,伝説にもうひとひねり加えているところが「ミソ」なのでしょう。
永井路子「卯三次のウ」
 商家で起きた刃傷沙汰…それは酒の席の事故なのか? それとも?
 相反するふたつの証言のうち,どちらが正しいのか,というサスペンスを,主人公を「駆け出しの目明かし」に設定することで,上手に盛り上げています。また前半で触れられたネタを,ラストで意外な形で結びつけ,落着させているところも痛快感があります。本集中,一番楽しめました。
戸板康二「上総楼の兎」
 酒乱の気のある左官・幸吉は,長いこと断酒していたが…
 あっさりとした,しかししっとりとした江戸情緒が味わえる文体と,さりげない描写の中に,思わぬ伏線を忍ばせるスタイルは,じつにこの作者ならではのテイストと言えましょう。
新田次郎「河童火事」
 ある調査のために村へ乗り込んだ代官は,そこで思わぬ毒殺事件に遭遇し…
 火事を予知する白痴,河童の夜這い,毒キノコによる一家殺害…なんともミスマッチな「三題噺」が,巧妙に結びつきながら,最後に1枚の「絵」になるところは鮮やかです。そしてなんといっても最後の最後に付け加えられた「あること」。冒頭に置いてもけっしておかしくない「これ」を,ラストに持ってくることで,作者の「してやったり」とした笑顔が目に浮かぶようです。
結城昌治「森の石松が殺された夜」
 四国から清水に戻る途中の森の石松が,何者かに斬殺された…
 途中で解説は入っているとはいえ,ベースとなった講談を知らないと,痛快感がいまひとつになってしまうのでしょうね。しかし,「森の石松殺人事件」をめぐって対立するふたつの組の緊張感が,ぐいぐいとストーリィを引っ張っていき,その点では楽しめました。
連城三紀彦「菊の塵」
 この作者の短編集『戻り川心中』収録作品。感想文はそちらに。佳品です。

03/11/16読了

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