連城三紀彦『戻り川心中』ハルキ文庫 1998年

 この作品は講談社文庫版ですでに読んでいたので,出版された当初は気にとめなかったのですが,記憶している講談社版よりも少々厚い,で,カヴァ裏の紹介文を見ると,「『花葬シリーズ』八編を完全収録」という文字。それでは,ということで購入,再読しました。

 ミステリのおもしろさにはさまざまなものがあるでしょうが,そのひとつに「反転の妙」とでも呼べるものがあるのではないかと思います。それまで描かれてきたストーリィや描写が,あることをきっかけとして(それは「名探偵の推理」であったりします),違う意味合い,色合いをもってくる,ときとして「図」と「地」が入れ替わった,まったく異なる世界が浮かび上がる,そういった「反転」が引き起こす眩暈感や酩酊感を楽しむ,というものです。
 この作品集に収められた短編は,いずれもそんな「反転の妙」が楽しめる作品で,とくこの作者独特の,情感豊かな艶やかなシチュエーションや描写のせいもあって,その「反転」がより一層鮮やかであるように思います。

「藤の香」
 場末の色街で起きた連続殺人事件。犯人は獄中で自殺したはずだが…
 途中まで,横溝正史の著名な作品と同じトリックかと思いきや,ラストで反転,せつなく哀しい真相が明らかにされます。色街という舞台を巧みに用いた作品です。
「菊の塵」
 寝たきりの元軍人が自殺した。“私”はその死に疑問を抱くが…
 この作品の真相にはうなってしまいます。メイン・トリックもすごいですが,それを補う小技もそつなくまとまっていていいですね。それと自殺した男の妻・田桐セツのキャラクタも凄みがあります。
「桔梗の宿」
 色街で起きた殺人事件。死体の手には桔梗の花が握られており…
 きちんと初出を調べるべきなのでしょうが,この作品のメイン・トリックは,他の作品でも読んだことがあります。しかしトリックは同じでも「仕立て方」によって印象はずいぶん変わりますね。
「桐の柩」
 “おれ”は人を殺した。“兄貴”の命ぜられるまま,理由もわからず…
 人を殺すにはさまざまな理由がありますが,この作品の「動機」はなかなか驚かされました。またそれを含めて,あることを成し遂げようとする男のキャラクタも鬼気迫るものがあります。この作者の描き出す犯人像は,どこか静かな狂気を抱え込んでいるような感じが強いですね。
「白蓮の寺」
 “私”の中の幼い日の断片的な記憶。それは母の殺人を示すものだった…
 わたしの好きな「記憶もの」です。幻想的ともいえる記憶の各シーンが,ラストで「理」に落ちるところは小気味よいです。とくに「縁の下に白蓮を埋める母親」の謎解きが楽しめましたね。また明かされる真相も意外性があり,その真相を覆い隠すために殺人を起こす犯人の動機も,やっぱり狂的なものがあります。本作品集のお気に入りです。
「戻り川心中」
 推理作家協会短編賞受賞作の本作の感想はこちらです。
「花緋文字」
 5年ぶりに再会した義理の妹。彼女は“私”の友人と深い仲になり…
 弄ばれた妹のための復讐劇,と思わせる物語は,ラストで大きく転回します。前半の情緒的な雰囲気と,後半に明かされる真相とのコントラストはおもしろいのですが,唐突な感は否めません。
「夕萩心中」
 大臣の妻と書生との心中事件,その背後に隠されていたものは…
 本作品中では一番長い作品ではありますが,メイン・トリックの部分をきっちりと書き込んだら,長篇としても通用するのではないかと思います。話もけっこう「大きい」ですし…凝ったトリックでおもしろかっただけに,ちともったいない印象が残りました。

98/09/02読了

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