天藤真『大誘拐』角川文庫 1980年

 紀州の山林4万haを所有する,日本屈指の大富豪・柳川とし子刀自が誘拐された! 「虹の童子」と名のる誘拐犯から要求された身代金はなんと100億円! おまけに事件をテレビとラジオで実況しろという。パニックに陥る警察とマスコミ。前代未聞の誘拐劇の結末は・・・。

 どんなにビッグネームでも,どんなに評判の高い作家でも,文体や描写,内容,その他もろもろの理由により,どうしても“馴染めない”作家さんというのは,どなたにもおられるのではないかと思います。
 小説と名がつけば,わりと節操のないわたしにもそんな作家さんがいます。天藤真は,そのひとりで,いままで何冊か読もうとしたのですが,そのたびに途中で挫折してしまったという暗い過去があります。それでは,まったく気にならないか,というとそんなことはなく,今回も何度目かのチャレンジをしたのですが・・・・

 いやぁ,おもしろかったです(笑)。和歌山に始まった事件は,テレビを通じて全国,全世界までに報道され,さらに国会で議論され,ついには米軍まで巻き込みます。こういった,雪だるま式にストーリィがどんどんどんどん“でかく”なっていくという物語は,基本的に好きです。それになんといっても巧い! 複数の視点から物語を語り,緊迫感を盛り上げるのはもちろんですが,途中に新聞記事,テレビ中継,警察の調書,インタビュウなど織り交ぜ,ストーリィ展開にメリハリをつけていて,読んでいて飽きさせません。
  さらに前半の人物設定と思われた描写や,挿入されるスラプスティック風の国会中継などが,エンディングで一気に効いてくる。ともすれば抽象的な感じに流れそうな“真犯人”の動機にリアリティを与えているように思います。
 そしてなんといっても,誘拐劇をテレビ中継するというケレン味たっぷりの設定が楽しいですね。人質と家族とのテレビ対面もそうですが,100億円という大金(1個に1.5億円はいるジュラルミンケースが67個分!)をどう奪取するか? それもテレビ放映をさせながら,というところが,どきどきわくわくさせられます。エンディングで明かされる“トリック”のひとつは,ちょっといただけないところもありますが,それでも,「いかに奪取するか?」という謎が強力な牽引力となって,物語をぐいぐいと進めていき,一気に読み通せました。
 それと忘れてならないのは,主人公のひとり柳川とし子刀自の人物造形ではないでしょうか。慈悲深く,皆から慕われ,ユーモアあふれる人柄ですが,そのくせ,しっかり“狐”しているしたたかさをもったおばあさん。そういったキャラクタのせいもあって,“誘拐”という,陰惨になりがちネタを,じつに洗練された,後味のいい作品に仕上げています。

 繰り返しますが,本当におもしろい作品でした。

 なお本作品は,第32回日本推理作家協会賞受賞作品です。

98/01/18読了

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