山田正紀『女囮捜査官3 聴覚』幻冬舎文庫 1998年

 生後2週間の新生児が誘拐された! 身代金は1億円。犯人はなぜかその運搬役に特別被害者部“囮捜査官”の北見志穂を指名してきた。犯人と志穂とはどういう関係にあるのか? 一方,志穂は,2ヶ月前に殺人犯を射殺したショックでノイローゼ状態に陥り,“いるはずのない双子の妹”の幻影におびえていた・・・

 たしかアーノルド・シュワルツネッガ主演の『コマンドー』という映画だったと思いますが,そのクライマックスで,元傭兵の主人公が,娘をさらって脅迫してきた敵役と戦うシーンが出てきます。で,娘の目の前で,その敵役を倒すわけですが,そんな父親に笑顔を浮かべて拍手する娘の姿に,すごい違和感をおぼえた記憶があります。「目の前で父親が人を殺す場面を見て,なにも感じないのだろうか?」などと思ったわけです。
 さて本シリーズの前作『視覚』のラストは,アクション映画を思わせる銃撃シーンだったのですが,そのときには「ちょっとやりすぎじゃないかな?」と感じました。しかし,本編を読んで,その感想は一転しました。本編での主人公・北見志穂は,正当防衛とはいえ人を殺したことに悩み,さらにそれを隠蔽しようとする警察官僚によって,虐待にも近い扱いを受けます。しだいに精神を蝕まれていく志穂,彼女はカウンセリングを受けて職場に復帰するものの,“いるはずのない双子の妹”の幻影におののきます。さらに誘拐犯から運搬役を指名されたことから,同僚から不審の眼を向けられます。
 このような展開は,もちろんミステリとしての本作品の設定に深く結びついたものでありますが,それとともに,「囮捜査官」という「人を騙す」ことを生業とした職業の持つ宿命的な不健全さ,正当防衛とはいえ人を殺してしまうということの重さ,さらに警察という「男社会」での女性捜査官に対する差別などを描き込むことで,前作の能天気とも思えるようなラストをきっちりフォロウしているように思います。今さらですが,やはり山田正紀,ただ者ではありません。

 さてストーリィは,いくつかの流れが錯綜しながら進行していきます。メインは誘拐事件,荒川を航行する“クルーズメリッサ号”を舞台にして,犯人との息詰まるやりとりが展開します。一方,誘拐事件以前,懊悩する志穂の周囲に不可解な出来事が頻発します。“いるはずのない双子の妹”,多重人格障害,自殺した女性を調査する彼女にかかる東京地検特捜部と政治家からの圧力などなど・・・。十重二十重に謎が被さっていき,ミステリとして魅力的な展開と言えましょう。
 ただ非常にストレートな伏線が引いてあり,“真犯人”は途中でおおよそ見当がつきます。しかしだからといってつまらないわけではなく,あちこちに「小技」が散りばめられており,また誘拐犯とのやりとりや人質奪還シーンの緊迫感など,物語としても要所を押さえており楽しめます。それと,真犯人は誰かはわかっても,その動機がいまひとつはっきりしなかったのですが,最後に明かされるその動機は,それまでの犯人の不可解と思える行動を巧く説明しており,納得のいくものでした。

 それにしてもこのシリーズの主人公・志穂,あまりに痛々しい感じがします。できればシリーズ中に救いがあらんことを祈っております。

98/12/27読了

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