高橋克彦『鬼』ハルキ文庫 1999年

 平安時代の陰陽師たちを主人公にした連作短編集です。「流行りもの」といえなくもありませんが,陰陽師と怪異・もののけ・妖怪との,この世ならぬ戦い,といった「よくあるパターン」とは,若干テイストが異なっています。作中,登場人物のひとり,滋岡川人がつぶやくように,
「いつの世でも人は鬼より怖い」
というわけで,さまざまな怪異や鬼が「現実的存在」として描かれながらも,それらをときに操り,利用しながら,我が欲望を満たさんとするあさましい人間の姿が浮かび上がる,といった趣向の作品です。各編のタイトルに冠せられた「鬼」とは,じつは人間そのものなのかもしれません。

 たとえば最初の「髑髏鬼」は,かつて宮廷を牛耳った弓削道鏡の遺骨を用いて呪法を行う者がいる,その調査を命じられた滋岡川人・弓削是雄のふたりが見出した真相は・・・というエピソードです。ここでは,呪法や,「髑髏鬼」なるもののけが登場しますが,むしろそれらを巧妙に用いながら政敵を追い落としていく陰謀家の姿の方が,「鬼」以上に鬼気迫るものがあります。
 つぎの「絞鬼(こうき)」の主人公は弓削是雄です(各編が時代順に並んでいます)。対蝦夷の最前線・陸奥胆沢鎮守府を訪れた是雄,人を縊り殺す絞鬼が出るという噂を聞き・・・というお話。本編は一見伝奇もの風の展開ながら,ラストでするするとミステリ風に着地して楽しめました。
 「夜光鬼」は,平安ものでは必ずといっていいほど出てくる羅城門が舞台です。毎夜,奇怪な光が目撃される羅城門を調査しに赴いた賀茂忠行はそこで,膨大な数の沓の山を見つける・・・。これまた伝奇的な体裁をとりながら,その背後に渦巻く人間の欲望が明らかにされるミステリ的な作品です。忠行の「名探偵ぶり」が小気味よいです。
 有名な歴史的事件「平将門の乱」の後日談を描いた「魅鬼(もこ)」には,賀茂忠行・保憲親子,安倍晴明という,「陰陽師界のスーパー・スター」(?)が登場します。乱平定後,京に送られさらしものにされた平将門の首は長いこと腐らず・・・という内容。平将門という,菅原道真と並ぶ巨大な「鬼」を扱っているわりには,その展開はちょっと肩すかし,といった感じもありますが,“現場”に現れた鬼の行動から,その背後の「意図」を読みとり,真相を推理する忠行にも「探偵としての陰陽師」「平安的合理の体現者としての陰陽師」の姿が読みとれますね(『陰陽師 飛天之巻』の感想文をご参照ください)。
 ラストは(といっても発表は一番早い),老年の安倍晴明をメインとした「視鬼」です。平安の都を震撼させる夜盗袴垂保輔は,無実の罪で死罪となったはずの藤原保昌であると言われ・・・というエピソードです。前半,遺骨を使って死者の声を聞くという超常的な場面が挿入されるとはいえ,後半の展開は完全にミステリですね。前半の「理外」の描写が,後半の「理」の巧妙なカモフラージュになっていて,「意外な真相」がもたらす驚きを盛り上げる,効果的な構成になっているといえましょう。

98/05/31読了

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