梶尾真治『おもいでエマノン』徳間デュアル文庫 2000年

 「世の中には真実というものもあるのよ。でも,その真実に輪をかけた数,幻想が存在する。真実と幻想は,光あるところにできる影のようなもの。世の中,すべてが影のはずないと思うわ」(本書「うらぎりガリオン」より)

 地球上に生命が発生して30数億年・・・そのすべてを記憶している少女“エマノン”。彼女は,さまざまな時とさまざまな場所を旅していく。さまざまな人々との出会いと別れを繰り返しながら・・・

 ユニークな設定の「不死者」エマノンを主人公とした連作短編8編を収録しています。
 全編を読み通してみると,大きくわけてふたつのパターンがあるのではないかと思います。つまり,ひとつは,エマノンと「普通の人」との関わりを描いたエピソードであり,もうひとつは,エマノンという異能者と,別のタイプの異能者との出会いを描いた作品です。個人的には,前者のタイプのテイストが好きですね。
 たとえば表題作「おもいでエマノン」は,フェリーの中でエマノンと知り合った大学生の“ぼく”の視点で描かれています。この作品でのエマノンは,異様な能力を持った少女であるとともに,「旅先で偶然知り合った魅力的な少女」というイメージが重なり,“ぼく”にとって(タイトルにあるように)「青春の思い出」としてのせつなさが浮かび上がってきます(この作品については,こちらにも感想文をアップしています)。
 しかし,そんな彼女と長い生活をともにする人にとっては,それは単なる「思い出」ではありません。「ゆきずりアムネジア」は,記憶喪失に陥ったエマノンと結婚した男を描いています。エマノンの得意な体質のために「妻」と「娘」を失うという悲劇を描きながら,そこ男にとっての救いともいえるシーンを挿入しているところが,この作者のリリシズムなのでしょう。また「しおかぜエヴォリューション」は,自分の仕事に対してわだかまりを感じる女性が,エマノンと,植物の「記憶」を受け継ぐアイオンと出逢うことで,再生していく姿を描いています。30億年とひとりの人間の人生との比較という,ともすれば虚無感に陥りそうなモチーフを,上手に救いあげています。
 「あしびきデイドリーム」は,表題作とともに,わたしの好きな1編なのですが,エマノンとヒカルという「永遠」を前にしながらも,その運命ともいえる出会いを静かに,しかし力強く受け入れる主人公の姿が心地よいです。

 一方,異能者との出会いを描いた作品として「とまどいマクトゥーヴ」「うらぎりガリオン」「たそがれコンタクト」があります。「とまどい・・・」では,「超人類」ともいえる男が登場します。通常の人類を救うことを目標に生きる彼には,皮肉な結末が待ち受けています。そのラストは,「なんのために全生命の記憶を受け継ぐのか」という,エマノン自身の「問い」とも哀しく響き合うように思います。「うらぎり・・・」では,地球外生命体がエマノンの前に現れ,彼(?)との戦いが描かれます。この作品で,エマノンの「記憶」が,単なる脳内だけのものではなく,その「記憶」により「肉体」をもコントロールできるという設定になっているところは,おもしろかったですね。やや南米の人たちに失礼な「トンデモネタ」は気にかかりましたが^^;;
 「たそがれ・・・」には,過去の記憶を持つエマノンと正反対の,永遠の未来までの予知能力を持った男が出てきます。「永遠の過去」と「永遠の未来」が交錯するという奇想あふれる作品といえましょう。友人の肩を抱きながら空港を去る男が,エマノンとすれ違うラスト・シーンは,映画のワン・シーンを見るようです。

 本シリーズのもう1冊『さすらいエマノン』も,もうすぐ文庫化されるとのこと,楽しみです。

00/10/25読了

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