今邑彩『盗まれて』中公文庫 1999年

 8編よりなる短編集です。各編に英文タイトルがつけられており,前4編は「CALL」で始まり,後4編は「LETTER」が冒頭につきます。つまり電話と手紙が物語の中で重要な位置を占めている作品集です。
 気に入った作品についてコメントします。

「盗まれて CALL IN EARLY SUMMER」
 新しく入ったアパートに自分のドッペルゲンガーが現れ…
 ほぼ全編,電話での会話から構成される作品です。既読作品で感想はこちら
「情けは人の… CALL IN AUTUMN」
 酒場で知り合った男から誘拐を持ちかけられた若者は…
 平凡な(?)誘拐事件のはずが,つぎつぎと事件の背後に隠されていた「意図」が明らかにされ,二転三転していく意外な展開はスピーディで楽しめます。そして緊張感たっぷりのクライマックスから,すとんときれいな着地。オープニングに作者の苦労がしのばれます。
「ゴースト・ライター CALL FROM GHOST」
 ゴースト・ライターの夫が死んだ。締め切りに追いつめられた妻の元に一本の電話が…
 死者の霊が生者に乗り移るという超自然的な現象を,アクロバティックな設定で「理」に落としています。「やられた」という感じですね。ラストの一文にもニヤリとさせられます。
「ポチが鳴く LETTER IN SPRING」
 公園で知り合った老夫婦は,犬を飼いたいけれど,飼ったら殺してしまうといい…
 ミステリアスなオープニングで,「ぐいっ」と引き込まれます。ただその後の展開に,わたしの苦手な深層心理ネタかなぁ,と思っていたら,後半に明かされる真相には,思わず「をを!」と感心してしまいました。余韻あふれるエンディングもグッドです。テイストは小池真理子風でありながら,一方で法月綸太郎のある作品を連想させます。本作品集では一番楽しめました。
「時効 LETTER IN LATE AUTUMN」
 彼は15年ぶりに故郷に帰った。苦い記憶が残る函館に…
 これまたタイム・スリップというSF的状況を描いています。オチは「ゴースト・ライター」ほどトリッキィではありませんが,心温まるエンディングがいいですね。タイトルも秀逸ですね。

98/06/04読了

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