エラリー・クイーン編『日本傑作推理12選(II)』光文社文庫 1986年

 エラリー・クイーンによる“Golden Dozen”の日本版第2集です。

松本清張「駆ける男」
 妻と旅行中の男が心臓麻痺で死亡した。事故死にしか見えないそれは…
 旅館の「高貴の間」から「記念品」を盗む蒐集狂の存在が,事故にしか見えない,ひとりの男の死に隠された「秘密」をあぶり出すという,ユニークな設定がいいですね。また「秘密」の浮上とともに,さりげない描写が伏線として活きてくるところもグッドです。
夏樹静子「滑走路灯」
 かつて自分を裏切った男から,殺人のアリバイ工作を頼まれた女は…
 主人公志保子の心の揺れ動き−かつての恋人への同情−と,彼女自身の身動きのとれない状況を巧みに絡めながら,キャラクタ設定を上手に活かして,皮肉な,しかし説得力のあるラストへと展開させていく手腕は見事です。
結城昌治「凍った時間」
 10日前から行方不明になっているスパイを捜すため,男は…
 人が不正や犯罪を犯すきっかけのひとつに,「ここまでは大丈夫だろう」「ここまでは仕方がない」といった心性があるのかもしれません。そんな「麻痺」が,のっぴきならない状況まで,その人を追いつめていくのでしょう。
石沢英太郎「五島・福江行」
 警視庁の刑事は,殺人容疑者護送のため,長崎県五島列島を訪れる…
 九州在住らしい舞台設定とともに,主人公を,五島と同じ離島の隠岐出身とすることで,情感あふれる作品に仕上げています。また過疎化が進行する離島という時代の断面を鮮やかに切り取ってみせています。
山村美沙「殺意のまつり」
 犯人もすでに出所している20年前の殺人事件に「真犯人」を名乗る男が現れ…
 主人公の弁護士が,事件調査のために大分出張に行くのですが,そのときに,大分に住む同期の女性判事に再会することを楽しみするというエピソードが入っています。「水増し描写みたい」などと思っていたのですが,物語の結末を考えると,弁護士の軽薄さを強調したかったのかと納得しました。
西村京太郎「柴田巡査の奇妙なアルバイト」
 冬,刑務所に入りたい浮浪者のため,奇妙な「アルバイト」をする巡査は…
 オーソドクスな,いわゆる「策士,策に溺れる」タイプのストーリィですが,主人公の「アルバイト」のユニークさ,そこからの展開のスムーズさ,そして破綻の原因となったある行為のアイロニィと,手慣れた筆でコンパクトに仕上げています。
笹沢佐保「酒乱」
 20年前,酒乱の末に殺人まで犯してしまった妻を,夫は…
 ホラー作品においても,「語り口」が重要な要素になりますが,本編も,夫婦の会話のみから成り立たせることによって,普通の「思い出話」を語るかの描かれる過去の犯罪の不思議な手触りを浮き立たせています。
陳舜臣「神獣の爪」
 近所で起きた殺人事件。刑事は親しい友人夫婦も捜査の対象とせざるを得なくなり…
 戦前に中国大陸や朝鮮半島で盗掘された美術品が,日本の骨董市場で流通しているという話は聞いたことがあります。そんな歴史を設定に取り込みつつ,なおかつ凝ったトリックのミステリとして仕上げるのが,この作者の力量なのでしょう。
鮎川哲也「自負のアリバイ」
 浮気した妻を殺し,その罪を愛人に着せるため,“わたし”は,完璧なアリバイトリックを考案し…
 この作者の作品を読んでいると,ときおり「トリックはすごいのだけれど,それが,なぜ,何をきっかけに解かれるのかが,よくわからない」という感想を持つことがあります。本編も,アリバイトリックは,よく練られているのですが,その破綻の契機が,あまりにお粗末で,この手の物語に求められるアイロニィが感じられません。
和久峻三「尊属殺人事件」
 凶暴な義父を殺したとして訴えられた女は,自白を翻して無罪を主張するが…
 現在では,憲法違反と判断され,刑法200条−尊属殺人の規定は削除されています(こちら参照)。そのきっかけとなった実際の事件をモチーフとした作品です。しかしそこに,ミステリ小説としてのトリックと,若き弁護士の苦悩を取り込んでいるところが,「弁護士作家」としてのこの作者の本領なのでしょう。
海渡英祐「天分」
 4年ぶりに帰国した画家の前に,かつての恋人が「息子」とともに現れ…
 父親と息子というのは,それぞれの相手に自分と同じところ(とくに欠点)があることを,認めたくないという気持ちを,どうしても持ってしまうのでしょう。そんな「ありがちな感情」をデフォルメすることで,不気味なお話にしています。
佐野洋「妻の証言」
 殺人容疑で法廷に立つ“私”のアリバイを保証してくれるのは,妻の証言だけだった…
 あるトリックが,ひとつの「視点」からは成立不可能でも,べつの「視点」からだったら成立可能の場合があるという,素晴らしい着眼点を,法廷ミステリという舞台を十二分に利用して,ドラマチックに描き出しています。

06/02/21読了

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