佐々木譲『ネプチューンの迷宮』新潮文庫 1997年

 職業潜水士・宇佐美俊は,海底に沈んだ零戦を引き上げるため,南太平洋の島国・ポーレア共和国を訪れた。唯一の経済基盤であるリン鉱石があと3年で枯渇するとされるポーレアでは,国の行く末をめぐって,大統領派と反大統領派の対立が深まっていた。そんな折り,反大統領派の一族の青年が獄中で毒殺された! 空港で間違えて受け取ったジュラルミン・ケースが,宇佐美を事件の渦中へと引き込んでいく・・・

 この作者の現代物は,『エトロフ発緊急電』などの歴史物に比べると,ちょっと当たり外れがあるように思っていたので,書店で見かけても手を出しかねていたのですが,片桐さん@Hiroe's Private Libraryが褒めておられるのを拝見して,手にとってみました。で,読み始めたところ,最後まで一気に読んでしまいました(^^ゞ
 やっぱり,この作者,卓抜したストーリィ・テラーだな,と改めて思った1作です。

 物語は,おもにふたりの人物を中心に進んでいきます。ひとりはプロのダイバ・宇佐美俊。元海上保安庁特殊救難隊の隊長で,ある事故をきっかけにフリーのダイバとなった,影を宿す中年男です。友人の赤嶺に誘われ,ポーレア共和国で零戦引き上げの仕事を請け負うのですが,取り違えたジュラルミン・ケースをきっかけに友人が殺され,事件に巻き込まれていきます。
 この主人公がポーレアは初来訪という設定のため,彼が周囲の人々から聞く,という形でポーレアの歴史や取り巻く状況が描かれていきます。近代におけるヨーロッパ人によるポーレアの“発見”,リン鉱山の開発と先住民への抑圧,太平洋戦争中の日本の占領と撤退・・・ここらへんは,さすがこの作者,けして「説明」に陥ることなく,ストーリィ展開にあわせて描き出され,主人公とともにポーレアという物語の舞台を取り巻く状況を停滞なく理解していけます。またデイブ・オカザキというナイーヴで誠実なガイド役を配していることも,展開をスムーズにしているようです。
 もうひとりはエディ・ノートン・ムンゴグ,ポーレア共和国の警察長官です。獄中でのベン・ムーンライトの毒殺,赤池の殺害,立て続けに起きる爆破事件,・・・太平洋フォーラムへの出席のため大統領不在の中,彼は八面六臂の活躍をします。このキャラクタも多少頑固で鈍いところはありますが(笑),職務に忠実なタフガイです。彼の部下たちも個性豊かで楽しめます。

 このふたりは,サスペンスの常道として,互いに異なるアプローチから事件に対応しますが,しだいに合流,事件の核心へと近づいていきます。無関係に見える殺人事件,爆破事件,外国マスコミの「ポーレアは世情不安だ」という扇動的なキャンペーン,4年前の前大統領追放劇はなにを意味するのか? ひとつの謎が明らかにされるとさらなる謎が提示され,ぐいぐいとストーリィを引っぱっていきます。それらが一本に繋がるとき,事件を背後から操る某大国の意図が明らかにされ,物語はクライマックスを迎えます。
 それは国益のためならば,他国を,他民族を蔑ろにしてもかまわないという歪んだ論理です。また一方的に国への,集団への帰属と同一化を強制する,やりきれない思想です。しかしそれは突飛なものでしょうか? 物語の冒頭,宇佐美がインストラクタとして働いているトラック環礁モエン島でのエピソードが描かれます。その中で,「ここ(モエン島)はまた日本領になってもいい・・・日本領になれば,この島の住人たちだって,もっと豊かになれるはず」と無邪気に喋る日本女性たちが出てきます。彼女たちの能天気さは,ラストで語られる某大国の意図と,どこか奥底の方で通じるものがあるように思います。

 ただ難を言えば,ラストの展開が少々慌ただしい感じがするところでしょうか・・・。とくに主人公の過去の事故がキャラクタ造形だけでなく,ストーリィ展開にもう少し結びついて描かれたらよかったと思いました。

99/02/21読了

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