仁木悦子『猫は知っていた』講談社文庫 1975年

 仁木雄太郎・悦子兄妹が,新たに引っ越した下宿先は,箱崎医院。ところが,引っ越し早々,入院患者と医院のおばあさんが,不可解な状況で行方不明に。そして翌朝,おばあさんの死体で発見された! 仁木兄妹は素人探偵に乗り出すが・・・。

 言わずと知れた,本格ミステリの古典です。応募作品に与えられた江戸川乱歩賞としては,最初の作品だそうです。この盆休みに,実家に帰って,懐かしいミステリを再読したり,何冊か持って帰ってきました。その感想文の第1弾(そんな大層な(笑))が本作品です。相変わらず,限りなく初読に近い再読です。

 防空壕とか,オープンリールのテープレコーダとか,発表年が昭和32年だそうですから,出てくる小道具や描写は,やはり時代的なものはありますが,物語そのものは非常に新鮮に感じられました。こってりまったりの『竹馬男の犯罪』のすぐ後に読んだせいもあって,すっきりくっきりした読後感が強いです。なによりフェアな印象が好感を持てます。たとえ最後に明かされる名探偵の推理がどれだけ意外であっても,「なぜ,そのような推理にいたったのか」というプロセスが明示されていないミステリには,どこか馴染めないわたしにとって,この作品は,事件に関わる謎のひとつひとつを丁寧に解いていく探偵役・仁木雄太郎の推理のプロセスは明快に提示されています。メイントリックそのものは単純で,どこかで読んだような気もして,途中で見当がつきますが,そこにいたるまでの仁木兄妹の“実験”を通しての試行錯誤は,読者と探偵役が同一地平に立って謎に向かい合っているようで,読んでいて心地よいものがあります。じゃあ,逆転がまったくないか,というとそういわけではもちろんなく,物語の最初のほうにさりげなく描かれたシーンが,犯人特定の重要な伏線になっているあたり,「やられた」という感じでした。たしかにこの作品は20年以上前に書かれた「古典」なのかもしれませんが,いま読み返してもなお鮮烈な作品だと思います。

 ところで兄妹とは限らず,男女の凸凹コンビの探偵というのは,ときどき見かけますが,この仁木兄妹がひとつの“原型”なのかもしれませんね。

97/08/15読了

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