横溝正史『謎の紅蝙蝠 お役者文七捕物暦』徳間文庫 2003年

 人気若手役者の加賀屋こと中村菊之助の腕に彫られた赤い蝙蝠の刺青…それには,17年前,江戸城の御金蔵から盗まれた大金3000両の行方が隠されていた。かつてその金を強奪した盗人・夜叉丸は,情婦のお美代とともに暗躍をはじめる。一方,ふとしたことから“紅蝙蝠”の秘密を知った文七もまた,事件を追う…

 徳間文庫から復刊しているシリーズ「お役者文七捕物暦」の第4作です。
 いわゆる「白粉彫り」とも「隠し彫り」とも言われる不可思議な彫り物(実際にはないそうですが),3000両を埋めた場所を描いた地図,かつて江戸を席巻した盗人集団“紅蝙蝠四人衆”,さらにはお家再興の野心を抱く歌舞伎役者などなど,まさに時代劇ならではの素材が目白押しの作品です。
 その中でも,ひときわ光彩を放っているのが,これまた時代劇では定番中の定番,毒婦お美代の造形でしょう。その肉体と奸智でもって,男たちを手なずけ,振り回していく彼女のキャラクタが,この作品のメインと言っても良いかもしれません。とくにお美代と夜叉丸鬼火幻之介の3人が繰り広げる,文字通りの修羅場のシーンは圧巻です。もともとエロティシズムの色濃いシリーズではあり,本編もまた同趣向ではありますが,その流れからすれば,その白眉とも言える鬼気迫るシーンではないかと思います。

 それと本編では,「謎解き趣味」をほとんど言っていいくらい排しており,むしろ文七側の動向と,お美代・夜叉丸一派の動向とを,交互に並行して描きながら,両者の駆け引きや対決をメインにしたサスペンスを眼目に置いているように思えます。なんだかこのあたり,『屍蘭』以後の「新宿鮫シリーズ」(大沢在昌)を彷彿させるものがあり,現在の「警察ミステリ」の源泉は「捕物帖」にあるのではないか,などと,やくたいもない仮説(笑)を思いつかせます^^;;
 そして,そのサスペンスを高めるために,根来喬之進というキャラを上手に使っています。かつてのお美代の情人で,事件の周囲を奇妙な巡り合わせでうろつくことになるこの人物…一見,狂言回しにも見えながら,最後に,その性格に見合った的確な配役を振られることで,クライマクスを盛り上げています。この作者のストーリィ・テリングの妙と言えましょう。

03/09/14読了

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