東野圭吾『むかし僕が死んだ家』講談社文庫 1997年

 7年ぶりに元恋人から「僕」にかかってきた電話。彼女の死んだ父親が残したという1本の鍵と地図。それらには,彼女の失われた幼年時代の記憶を解く手がかりがあるという。地図に導かれて彼らが訪れた家は,山中の別荘。そこでは,23年前から時が停まっていた。家に残されたものを手がかりに,彼らが,「失われた過去」の探索の果てに,見いだしたものとは?

 子供の日記を中心に,別荘に残されていた,さまざまな品々がもつ意味,あるいはそれらの間の矛盾点などを手がかりとして,かつて別荘においてなにが起こったのか,そして彼女の記憶とはどう関係するのか,について推理を展開していきます。真相にいたるための伏線が,縦横にはり巡らされているのですが,そのはり方は,懇切丁寧といおうか,見え見えといおうか,ミステリを読み慣れた方々には,おおかた見当がつくのではないでしょうか。だから本格物として読むと,結末の意外さはあまり感じられませんでした。それでも,別荘がじつは×××だった,という謎解きには,「おお,なるほど」と感心してしまいました。よく考えれば,しょうしょう破天荒のような気もしないではありませんが,読んでいる最中では,そういうことを感じさせない自然な展開だったように思えます。

 相変わらずの読みやすい手慣れた文章で,サクサクと読んでいけます。物語の9割くらいが山中の別荘内で進行し,まるで舞台劇を見ているような感じがして,緊張感ある展開です(実際,舞台劇としても上演できるんじゃないでしょうか?)。また『分身』の感想文でも書きましたように,こういった「失われた過去の探索もの」は個人的に好きなパターンですので,上に書いたような本格物としての物足りなさはありますが,少しずつ提示される手がかりをもとに,一枚一枚,不透明な膜をはぎ取っていくような展開は,けっこう楽しんで読めました。それと,物語のメインの謎と,彼女の過去とが密接に絡むのは当然としても,「僕」の過去や心理とも共鳴して雰囲気を盛り上げている点,物語つくりがやはりうまいです。

 タイトルのことですが,なかなか意味深長で,自分の生まれ育った家を出て10年以上経つわたしにとっては,共感できるようなところもありました。

97/05/25読了

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