M・R・ジェイムズ『M・R・ジェイムズ怪談全集 2』創元推理文庫 2001年
「およそいかなる世紀,いかなる文明においても,魔界と交信したいと考える人間が絶えることはないと申しあげておきたい」(本書「フェンスタントンの魔女」より)
『痩せこけた幽霊』『猟奇への戒め』などからの16編(うち1編はエッセイですが)に加え,本邦初訳の未刊行作品6編を収録しているところは,うれしいですね。ただ第1集に比べると,ややレベル・ダウンといった感もあります。未刊行作品なども入っているので致し方ないのかもしれません。
「ホイットミンスター寺院の僧院」
その僧院に預けられた少年は,奇怪な振る舞いが多く…
「すべてを語らないこと」は,怪談における常套的な語り口のひとつでしょう。読者の想像力を刺激するこの手法を巧みに用いて,余韻深い幕引きにしています。そしてそれは同時に,「もしかするとあなたの元に届くかもしれませんよ」的な不気味さを盛り上げるのに効果的でもあります。
「ポインター氏の日記帳」
古本市でデントン氏が購入した古い日記帳には…
「古本怪談」です。ですが,日記の内容だけでなく,日記に貼り付けられた布切れが怪異を呼び起こすという点でユニークですね。「布」の正体が,じんわりと暗示されるラストが良いです。
「寺院史夜話」
ある教会で,古い説教壇を改修しようとしたところ…
わたしが「封印破りパターン」と呼んでいるタイプの作品です。恐怖の核心を小出し小出しにしていくところは,きわめてオーソドクスですが,その「出し方」が巧いです。個人的には,女性のスカートが知らぬ間に切り裂かれている,というシーンが好きです。ところで現代ホラーならば,ラストはもっと凄惨なものになっていたでしょうね。
「失踪綺譚」
伯父のヘンリー牧師が失踪した。その理由は? その行方は?…
「恐怖」というのは,一方で人間の普遍的な感情であるとともに,その発現のあり方は,やはりそれぞれに時代性や地域性を負っているのでしょう。イギリスに伝わる大道劇“パンチとジュディ”を背景として描かれた本編が,そちら方面にまったく知識のないわたしにとって,いまひとつピンと来ないのは致し方ないことなのでしょう。
「二人の医師」
アベル博士とクイン博士との間に起きたこととは…
古い帳簿に挟まれた紙片,それに書かれた「証言」から再構成される怪異という作品です。こういった「証言タイプ」の作品はけっこう好きなのですが,本編の場合,ラストに立ち現れる怪異がややシンプルすぎる点,いまひとつ,といった感じがあります。
「呪われた人形の家」
骨董商で買ったドールハウス。それに秘められた秘密とは…
夜半に繰り広げられる「人形劇」,後半で描かれる無味乾燥な墓碑銘と古文書の記録。その間から,ある家族をめぐって存在したであろう欲望と悪意,犯罪とその超自然的な因果応報が垣間見えるところ,いや,垣間見えるだけ,というところがいいですね。
「おかしな祈祷書」
誰も入れないはずの礼拝堂で,その祈祷書はいつも同じ頁が開かれていて…
ピューリタン革命時の動乱を素材とした,一種の歴史伝奇ホラー的テイストを持った作品です。開かれている頁にはどんな意味があるのか? 祈祷書の出版年が意味するものは? と謎がつぎつぎと提示されていくところは,小気味よさがあっていいですね。ただ個人的にはもう少しミステリ的な謎解きに比重を置いてもらうともっと良かったです。
「隣の境界標」
男が奇怪な叫び声を耳にした場所には,かつて森があった。その森が切り払われた理由は…
古い書物に書かれた俚謡をきっかけとしながら,今はなき「森」をめぐる秘密へとつながっていく展開は,考古学者・古文書学者であったこの作者のお得意とするところなのでしょう。今ならば「地縛霊」ものとでも言い得ましょうか。
「丘からの眺め」
10年以上前に死んだ老人が残した旧式の双眼鏡。それを通してみた景色は…
双眼鏡を通して「過去」が見える,という奇想は,どこかSFに通じるものがありますね(「未来が見えるヴァージョン」なんていうのもありそうな感じです)。でもその「由来」はいかにも怪奇小説していていいですね。双眼鏡をつくった男が,最後に目撃されるシーン,映像的にも不気味さが伝わってきて好きです。
「猟奇への戒め」
土地に伝わる伝説を耳にした男は,運良く宝冠を手に入れるが…
これまた「封印破り」ものです。視界の端にたしかに「何か」がいるのに,目を向けると居ないという形で,語り手の不安を巧みに描き出しています。また宝冠を埋め戻すときの鬼気迫る男の姿,霧の中,男を追いかける主人公たちのサスペンスなど,作者のストーリィ・テリングが楽しめる作品です。またイギリス領土を外敵から守るために宝冠を埋める,という伝説は(フィクションかもしれませんが)おもしろいで
すね。初出年が1925年,第一次大戦後というのも,もしかすると関係するのかもしれません。
「一夕の団欒」
「あそこの黒苺は取っちゃいけない」…おばあちゃんはそう言った…
本書所収の『痩せこけた幽霊』の「序」で,作者はこう書いています「この本によってクリスマスをいっそう楽しく過ごせる人がいれば,それでよいのである」。日本では怪談というと「夏」が定番ですが,イギリスでは寒い冬,暖炉の前で聞くというのが一般的だそうです。それはこんな老婆による孫への「語り」が伝統としてあるからなのかもしれません。
「ある男がお墓のそばに住んでいました」
ある男がお墓のそばに住んでいました…
シェイクスピアの『冬物語』中で語られることのなかった怪談を,作者が想像して作った作品。前作「一夕…」と同様,「語り」としての怪談の妙味を紙上で再現しています。
「鼠」
静かな宿屋に滞在していた男は,好奇心に駆られ,鍵のかかった部屋に入るが…
毛布の下で蠢く「何か」,閉めたドアの向こうで聞こえる足音,一見,案山子に見えたの正体,と,掌編ながら,不気味なシーン,ショッキングなシーンが効果的に描かれた佳品です。とくにドアの向こうの足音が醸し出す不気味さは抜群です。
「真夜中の校庭」
真夜中の校庭で“私”は梟に会った…
怪奇小説というより,ファンタジィですね。日本でいえば「草木も眠る丑三つ時」のイギリス・ヴァージョンといったところでしょうか?
「むせび泣く泉」
ボーイスカウトのキャンプで,その少年は,警告を無視して泉に近づいた…
「タブーを犯した者が災難をこうむる」というモチーフは,それこそ神話伝説の頃よりありますが,それはつねに教訓をともなっています。そこでは怪異は一種の「手段」であり,「目的」ではありません。それゆえ純粋な「恐怖の愉しみ」に欠けるうらみがあるのでしょう。
「私が書こうと思っている作品」
小説化されなかった「ネタ」に触れたエッセイです。最初に紹介されているエピソード,列車の中の女性と小説世界との混交が,どこか「奇妙な味」を思わせます。
「小窓から覗く」
木戸の四角い小窓を覗くと,そこに見えたものは…
ネタそのものは凝ったものでも,大仰なものでもない,いたってシンプルなのですが,主人公の少年である“私”の心の揺れ動き−見慣れた「世界」が次第に異形へと変貌していくのを感じ取っていく様が活写されています。
「死人を招く−大晦日の怪談」
とある年の大晦日,ひとりの地主が急死して…
地主の不可解な死と,それをめぐる因果応報譚というオーソドクスな内容ですが,寡婦と義理の息子が,なぜ逃亡を諦めたか,というところの描き方がおもしろいですね。
「無生物の殺意」
バートン氏は,無生物によって殺された…
なんらかの呪いが介在したのか,それとも単純に「運が悪い」のか・・・そのへんを曖昧なままに残すことで,伝統的な因果噺からの脱却を目指しているように思えます。
「フェンスタントンの魔女」
ケンブリッジ大学に学ぶふたりの研究員は,ある夜,黒魔術の実践を試みるが…
冒頭に引用した文章にあるように,人の心の中にはつねに「魔」に惹かれる資質があるのかもしれません。怪談がけっして絶えることなく語り続けられる理由なのでしょう。
「暗合の糸」
列車の個室で偶然出会った女性は,小説の中に描かれていた…
前出の「私が書きたい…」でほのめかされていた作品。ややわかりにくいのは未定稿だからでしょうか? ネタ的には大好きなタイプだけに,完成稿がないのがじつに残念です。
「キングズ・カレッジ礼拝堂の一夜」
礼拝堂に閉じこめられた“私”が,ステンドガラスを見上げると…
『聖書』の挿話をパロディしたファンタジィ作品です。作者が,ふと思いついたイメージを膨らませた,「余力」で書いたような感じですね。
01/12/08読了
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