ブリジット・オベール『森の死神』ハヤカワ文庫 1997年

 爆弾テロに巻き込まれ,全身麻痺のうえ,目と口も不自由になってしまった“私”エリーズ。そんな彼女の周囲で,少年が連続して殺されるという無惨な事件が発生する。偶然知り合った少女ヴィルジニーは,その犯人を知っているとエリーズに告げるが,なぜかその名前を言わない。いったい連続殺人犯“森の死神”とは何者なのか? そしてその魔手はエリーズにも伸び・・・。

 このまえ読んだ『マーチ博士と四人の息子』は,日記だけから構成されるというトリッキィな設定の作品でしたが,この作品もなんとも凝った設定です。冒頭にも書きましたように,主人公は,全身麻痺,目と口が不自由,耳は聞こえますが,他者とのコミュニケーションは,わずかに動く人差し指の上げ下げだけ,という,徹底的なまでに制限された状況にいます。
 そのなかで彼女は,見ることのかなわない“森の死神”の不気味で残酷な脅迫,襲撃におののきながらも,耳に入る情報を元に懸命に推理を繰り広げます。普通(わたし)だったら,絶望のあまり無力の淵に沈み込んでしまいそうな状況にも関わらず,彼女はけっしてめげるようなことはありません。そう,この主人公の力強さゆえに,重苦しい作品ながら,一種独特の爽快感が生み出されているように思います。そして不自由な躰,強靱な精神力,限られた情報,そして謎の殺人犯・・・,これらのシチュエーションの組み合わせが,ストーリィに胸苦しくなるほどの緊迫感を与えています。

 さらに立て続けに起こる殺人,それは“森の死神”の仕業なのか? ヴィルジーニの不可解な言動は,彼女の精神に異常があるからなのか,それとも誰かをかばっているのか? 謎が幾重にも幾重にも畳みかけられてきます。そしてラスト直前での二転三転する展開。『マーチ博士』もサスペンスに満ちた作品でしたが,この作品はそれ以上のものがあります。ラストまで一気に読み通すことができました。

 ラストで明かされる真相は,やはり「もう少し伏線のほしいところ」といった印象が残ってしまいましたが,読むのが2作目ということもあって,「こういった作風なのだろう」ということで,あまり気になりませんでした。むしろ上に書いたようなサスペンスフルで緊張感に満ちた設定と展開こそ,この作者の持ち味なのでしょう。
 かなり気にかかってきた作家さんのひとりになりました。つぎは『鉄の薔薇』かな。

98/10/02読了

go back to "Novel's Room"