ブリジット・オベール『マーチ博士の四人の息子』ハヤカワ文庫 1997年

 マーチ家のメイド・ジニーが,ふとしたことから手にした日記。そこには恐るべき殺人の記録が! そしてその殺人鬼は,マーチ家の四つ子のひとりらしい。クラーク,ジャック,マーク,スターク・・・,殺人鬼はいったい誰なのか? 殺人鬼を突き止めようとするジニー,彼女を嘲笑うかのように犯行を繰り返す殺人鬼。そして殺人鬼の魔手はついにジニーにも及び・・・。

 全編が「殺人者の日記」「ジニーの日記」からなる,トリッキィなスタイルのミステリです。
 「殺人者」は,日記の中でけっして自分の正体を明かしません。それでいて,殺人の情景をこと細かく,犯人でなければわからないはずのことを書き連ねていきます。さらにジニーが日記を盗み見ていることにも気づくや,正体を見せぬまま,彼女に対して,さまざまな脅迫や攻撃を仕掛けてきます。
 一方のジニーは,当初,怯え,狼狽え,恐れおののき,マーチ家から逃走を試みますが,友人のシャロンが殺人者の牙にかかってからは,殺人者を発見するため,反撃を試みます。彼女はときには罠を仕掛け,ときには挑発し,彼を白日の下に引き出そうと躍起になります。
 正体不明の殺人者とジニー,ふたりの間で取り交わされる(?)日記やメモ,テープレコーダのやりとりは,なかなか緊張感に富んでいます。とくに「殺人者の日記」は,「殺人者」の歪んだ欲望や狂気がひしひしと伝わってきて鬼気迫るものがあります。
 まるでジニーの心の内を手に取るように先読みする殺人者によって,しだいに追いつめられるジニー。彼女の運命やいかに? と展開しながら物語はエンディングは迎え,真相―「殺人者」とはいったい誰だったのか?―が明らかにされます。
 ラストに明かされる真相は,それなりにおもしろいものだとは思います。ただ,こういったタイプの作品に関しては,日本には折原一という,とんでもない(笑)作家さんがおられるので,彼の凝りに凝った偏執狂的な(失礼!)作品に比べると,「けっこうストレートだな」とか「もう少し伏線がほしいところやね」とつい思ってしまいます。そんな自分をちょっとばっかし不幸だと思います(笑)。
 しかしそんな個人的な不幸をのぞけば,ジニーと「殺人者」との駆け引きはサスペンスに満ちていて,一気に読み進めることのできる作品だと思います。

 ちなみに『マーチ博士の四人の息子』というタイトルは,「マーチ博士の四人の娘」の物語『若草物語』のパロディだそうです。いかにもフランス・ミステリといった感じのシャレたタイトルですね。

98/08/17読了

go back to "Novel's Room"