小林泰三『目を擦る女』ハヤカワ文庫 2003年

 「認識できない差異は差異ではない」(本書「脳喰い」より)

 7編を収録した短編集。この作者のいろいろな「顔」を見ることができます。

「目を擦る女」
 操子の引っ越し先の隣室には,「夢を見ている」という不可解な女が住んでおり…
 登場人物たちの関係に,ミステリ的なツイストが仕掛けられているとはいえ,素材的には,やや「ありがち」なものでしょう。しかし,主人公操子が,隣室の女秋山八美から受ける感覚的,生理的な違和感・不快感が,作品に「イヤな感じ」を与えています。
「超限探偵Σ」
 “わたし”の友人・探偵Σ(シグマ)にとって,解き明かせない謎などない…
 ミステリ好きを唖然とさせる(笑),なんとも人を食ったような作品です。しかし,今後,密室もののアンソロジィが編まれる際に,もしかするとチョイスされるかもしれないユニークさはあります(一発芸的でもありますが^^;;)
「脳喰い」
 突如,人類の前に現れた異星人…それは人間の脳を喰らった…
 発想としては,さほど目新しい感じはしませんが,それをきわめてフィジカルに,その結果,グロテスクに描いている点が,この作品の持ち味なのでしょう。
「空からの風が止む時」
 重力が衰退していく“世界”で,少女オトは,滅亡を免れるため3つの計画を提案する…
 「この作者のことだから,何か仕掛けてくるだろう」などと思って読んでいたら,最後までストレートなSFなので,ちょっとびっくり。作中に出てくる「われわれに好奇心があるのは,きっと重要な意味があるからだ」というセリフは,もしかするとSFの「原理」なのかもしれません。
「刻印」
 アンソロジィ『蚊』所収作品。感想文はそちらに。
「未公開実験」
 20年ぶりに再会した友人は「ターイムマスィーーン」を完成したという…
 昔の小松左京筒井康隆の短編作品を彷彿とさせるテイストです。テンポのよいユーモラスな会話と,想像すると苦笑が漏れてしまう「ポーズ」が,作品にほどよいリズムを与えています。ただオチは想像の範囲内といった感じでしょうか。
「予め決定されている明日」
 “算盤人”のケムロは,仕事を楽にするため電子計算機を夢想するが…
 本集のために書き下ろされた前作で「仮想世界ネタばっかりだと,そのうちに飽きられるぞ」とセルフ・ツッコミをしている仮想世界ネタです(笑) ですが,その仮想世界を産み出しているのが「算盤による計算」であるという設定の荒唐無稽さ(バカバカしさ?^^;;)と,その仮想世界の「行く末」を異なるジャンルへと上手に展開させている発想のユニークさがいいですね。本集中,一番楽しめました。

03/09/20読了

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