泡坂妻夫『迷蝶の島』文春文庫 1987年

 年上の女性・磯貝桃季子,財閥の令嬢・中将百々子との三角関係に陥った大学生・・山菅達夫は,桃季子の妊娠をきっかけに,彼女に殺意を抱くようになった。そして八丈島へ向かうクルーザの船上で,彼女を海へ突き落とすが,みずからも無人島に漂着。しかしそこには殺したはずの桃季子が現れ・・・

 本書は3つ章よりなります。第1章「迷う蝶」は,山菅達夫が,無人島で記した手記です。磯貝桃季子中将百々子との出会いから,三角関係,桃季子への殺意と殺人計画,無人島で遭遇する怪異な現象などがつづられていきます。この主人公のキャラクタ設定が,粘液質で神経質のせいでしょうか,じわりじわりと追いつめられていく(自業自得とも言いますが)様は,なかなか迫力があります。また三角関係の発端が,この作者らしくひねってあるところも楽しいですね。でも,一番怖いのは,何も知らない顔しているお嬢様・百々子なのかもしれませんね(いるんだ,ときどき,こういうタイプ^^;;)

 第2章「夢の蝶」は,無人島で達夫の死体を発見した捜査官の報告,海上を漂流していて救助された桃季子らの証言などからなります。第1章ラストで,死んだはずの桃季子をふたたび殺すための罠にかかり,死んでいた達夫。彼の残した手記から,事件の全貌が明らかにされます。しかし手記と証言との間には矛盾がある。達夫が見たという“桃季子”とはいったい何者なのか? そのとき桃季子は救助され,入院していたことは確実。彼が見たのは,疲弊しぼろぼろになった彼の精神が見せた幻覚だったのか? そして発見された桃季子の死体! 彼女は自殺したのか? つぎつぎと奇怪な謎,事件が提示され,ぐいぐいとストーリィを引っぱっていきます。

 そして第3章「死ぬ蝶」では,第2章で決着がついた“事件”の「舞台裏」が描かれます。いわば「解決編」です。もちろんネタばれになるので詳しいことは書けませんが,予想できる部分もあるものの,1・2章でさりげなく引かれていた伏線が効いていて,「をを! なるほど」と膝を打つ部分もあって,楽しめました。またこの章は,桃季子の手記で構成されており,第1章の達夫の手記と同じ情景―ふたりの出会いと関係,愛憎―が描かれていますが,異なる視点から描かれているため,同じ情景でも異なる色合い,手触りを持つところもおもしろいですね。

 同じような「漂流もの」&「叙述トリック」ですが,折原一の『漂流者』よりも,すっきりしていて無理がなく,楽しめました。

99/03/01読了

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