折原一『漂流者』角川書店 1996年

 ダイビングで八丈小島を訪れた作家・風間春樹は,同行した妻と編集者によって,海中で殺されそうになる。大海を漂流した彼は,漂流船“セーラ号”にたどり着く。九死に一生を得た風間は,妻と編集者に復讐を誓う。しかし漂流船には,もうひとつの“殺人記録”が残っており,そして生存者も・・・。

 物語は「第1部」「第2部」「第3部」から構成されています。第1部は,漂流する風間と,漂流船で起こった殺人事件。いわば少々長めのプロローグといった感じです。第2部は「復讐編」。生還した風間の,妻と編集者に対する復讐が始まります。舞台はやはり大海上に浮かぶヨット“セーラ号”。クリスティの『そして誰もいなくなった』のごとく,風間の思惑通り,着実に殺人計画は進行していきます。恐怖に打ち震える船乗者たち・・・。とまあ,ここまでは「海洋復讐サスペンス」といった感じなのですが,そこはそこ,やはり折原一,一筋縄ではいきません(笑)。殺されたのは誰か,殺したのは誰か,誰が死に,誰が生き残っているのか,どこまでが殺人者の計画なのか,どこまでがアクシデントなのか。例によって,それらがあやふやになり,混迷し,文字通り,「第3部 混沌の海」へと流れ込んでいきます。そしてお得意のアクロバティックな展開(「御都合主義」ともいう(笑))と,折原流の“意外な真相”が明らかになるエンディングへと収束していきます。

 ただ今回は,あまり“意外な真相”という感じがしませんでしたね。かなり早い段階で,予想がついてしまいました。この作者は,“倒叙ミステリ”で「売っている」作家だけに,読み慣れた人間には,彼の作品中での「自称」が,どれだけ信用できないか,というのは,いやというほど知っているでしょうから(笑)。だから読者としては,「騙されんぞ」という風に身構えて読んでしまいます。作を重ねるごとに,作家の方がどうしても「不利」になってしまうのは,いたしかたないのかもしれません。あんまり「騙し」を凝りすぎると,読者に対してアンフェアな不快感を与えかねないし,かといって(今回のように)比較的シンプルだと,先を読まれてしまいますし。そういった点で,この作者も苦しいところではないかと思います。それでも,相変わらずのねっとりこってりとした粘液質の文章でつづられる,風間の復讐心,そして漂流中で軋み,狂気に駆り立てられていく登場人物の心理描写というのは,なかなか迫力があります。それと,多少付け足しめいた感があるものの,最後の最後は,「ああ,そうか」という皮肉っぽい結末で楽しめました。

 さて「海洋サスペンス」の次は,「山岳サスペンス(笑)」『遭難者』ですね。

97/07/27読了

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