田中芳樹『魔天楼 薬師寺涼子の怪奇事件簿』講談社文庫 1996年

 警視庁刑事部参事官・薬師寺涼子。27歳で警視のエリート・キャリア。美女でナイスバディ,頭も切れる。おまけに父親は元警視総監。しかし「ドラキュラもよけて通る」性格の悪さ。ついたあだ名が「ドラよけお涼」。半月前,無情の辞令で彼女の部下になった“私”こと泉田準一郎は,彼女とともに,湾岸副都心の巨大ビルに,客1万人とともに閉じこめられた! 犯人は何者,いや何物?

 『甦る「幻影城」T』で,ひさしぶりに田中芳樹(李家豊)の作品を読み,この作家の作品が読みたくなりました。『銀英伝』『創竜伝』は,さすがに長くてしんどいので,この作品を買ってみました。

 いやはや『GS美神 極楽大作戦!!』の小説版ですね。美女でナイスバディ,頭も切れる,というヒロインの薬師寺涼子も,美神玲子にそっくりですし(笑)。まあ,美神の方が金に汚い分,ちょっと上手? こういった,もし隣に(それも上司で)いたら,ストレスで胃に穴があいてしまいそうな傍若無人なキャラクタが出てくる作品のおもしろさのひとつに,主人公に迷惑する,まわりの人々のスラプスティックがあります。
 この作品では,“私”が一番の被害者なのですが,むしろ警察官僚のお偉いさんや,傲慢な物腰の評論家(モデルはあのおっさんやろうなあ,わたしも嫌いです),虎(親)の威を借るドラ息子,上品ぶった小説家が,涼子にいいように手玉にとられて,右往左往する様がなかなか楽しめます。それと怖いもの知らずの涼子の過激な発言に,どこか爽快感が感じられるのも魅力のひとつでしょう。「俺もこれだけ言えたらいいなあ」的なセリフに対する羨望とでもいいましょうか,現実に言ったら馘首を覚悟せんといかんようなセリフを,ぽんぽん言ってくれるキャラクタに対する魅力でしょうね。かつてのビートたけしの人気に通じるものがあるのかもしれません。
 で,部下の“私”も,次第に涼子に感化され(朱に交われば赤になる),警務部長に向かって「女の上司や年下の上司には我慢できても,無能で卑劣な上司には我慢できそうにありませんからね」なんてセリフ,なんとも痛快じゃないですか(おい,なんかあったのか>yoshir)。

 さて物語の方はというと・・・。突如落下するシャンデリア,青銅の巨大獅子,防火シャッターが自動的に閉まり,孤立する巨大インテリジェントビル。そして“犯人”からの「ミナゴロシ」のメッセージ。テロリストか,と思いきや,話はサブタイトルにあるように,怪奇色が色濃くなってきます。トルコから運ばれた大理石に潜む奇怪な妖虫。涼子と“私”は,拳銃片手にモンスタに闘いを挑む! と,ジェットコースタ的な展開で,その合間に,涼子の暴言やら,“私”との掛け合い,ライバル室町由紀子との舌戦などが挟まれ,ラストまでさくさく読んでいけます。暑い日に飲んだ一服の清涼飲料水のおいしさ,といったところでしょうか。
 それから垣野内成美が描いているカバー絵や挿し絵が,内容とよくマッチしていて,その点でも楽しめます。

 D・R・クーンツファンの“私”が,S・キングと比較して一言
「クーンツは,後味の悪さと文学性の高さを混同するようなことはありませんからね」
には,大笑いしてしまいました。

97/09/21読了

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