村岡圭三ほか『甦る「幻影城」T』角川書店 1997年

 『幻影城』の新人賞入選作からセレクトした8編をおさめた作品集です。リアルタイムで愛読していた雑誌だけに,なんともなつかしいです。ちょうど『黒死館殺人事件』(小栗虫太郎)や『ドグラ・マグラ』(夢野久作)などの戦前の「探偵小説」に魅力を感じていた頃なので,この雑誌の発売を心待ちにしていました(廃刊のときの悲しみについてはこちら)。で,改めてこの作品集のラインアップを見ると,感慨深いものがあります。この雑誌,「探偵小説」を売り物にしつつ,ミステリあり,ホラーあり,SFありと,けっこう手広く扱ってますね。また8人の作家のうち,半分の4人の連絡先が不明なことは,この雑誌が,その名の通り「幻影の城」だったのではないか,と思ってしまいました。でも一方で,泡坂妻夫連城三紀彦などを輩出しているんですから,不思議な雑誌です。

村岡圭三「乾谷(ワディ)」
 日野がヘリコプタから撮った区画整地現場の写真。そこからふたりの女の死体が発見された。死体は奇妙な姿勢をとっており…
 トリック(?)らしきものはあるものの,むしろ,犯人の心理を描き出すことを主眼においた作品のようです。物語の進行とともに,鬱屈し,矛盾し,混沌とした犯人像が浮かび上がってきます。「通俗的社会派」とひとくくりにしてしまっては,酷でしょうか? 死体の奇妙な姿勢と××××を結びつけるのは,ちょっととってつけたような印象があります。
泡坂妻夫「DL2号機事件」
 ローカル航空線のDL2号機に爆弾が仕掛けられた! 緊張感の漂う空港で,奇妙な3人組がカメラを飛行機に向けていた…
 いわずとしれた「亜愛一郎シリーズ」第1作,名手・泡坂妻夫のデビュー作です。この作家,デビュー時からすでに文体を確立していたんですねえ。「妄想的な名探偵・亜愛一郎」に一番よく似合うのは,「妄想的な犯人」なんでしょうね。「意外さ」という点では,本作品集では一番楽しめました。
滝原満(田中文雄)「さすらい」
 隣に住む栗原夫人,夫と息子は旅に出ているというひとり暮らし。麗子は彼女のことが気にかかって仕方がない…
 ううむ,ホラー作品なんでしょうが,どうもいまいちわかりませんでした。ある人物の狂気,妄想が,別の人間に浸透し,しだいに狂わせていく,というパターンなのでしょうが,「なぜふたりとも同じ妄想を見たのか」というところが,いまいち説得力がなかったです。それと途中までのサイコ風の展開と超常的なラストとの落差が,どうも落ち着きがよくありません。
霜月信二郎「炎の結晶」
 夭折した陶芸家・江川嵩清の遺作展会場で再会した女と男。6年前のハネムーン殺人事件に端を発した連続殺人の真相は…
 これも「意外な真相」なのではありましょうが,ほとんど伏線らしき伏線がないままに,探偵が展開する推理を読むのは,つらく,退屈です。前半部をもう少し丁寧に書き込んでほしかった。このページ数にしては,詰め込み過ぎなのでしょうか。
連城三紀彦「変調二人羽織」
 東京の空に丹頂鶴が飛んだ大晦日,「破れ鶴」の異名をとる噺家が死んだ。5人の目の前,彼の死は他殺の疑いが…
 衆人環視下の殺人,本作品集では,一番「不可能趣味」の色濃い作品です。二転三転する“真相”に翻弄される感があり,最後の“ひねり”に唖然としました。その結末,書き方によっては,怒ってしまうところですが,この作者の,どこかユーモラスで味のある巧みな文章に思わず許してしまいました(笑)。
堊城白人「蒼月宮殺人事件」
 「蒼月宮」と呼ばれる古い城館の地下,古今の仏像をおさめる「秘仏室」で起こった凄惨な殺人。死体は四肢を残し,頭胴部が持ち去られていた…
 設定も登場人物も浮き世離れしていて,ペダントリにあふれた耽美的な文章。作者が“探偵小説ベスト3”のひとつに挙げている『黒死館殺人事件』へのオマージュに満ちた作品です。ただ,文体が結局デコレーションでしかなく,どこか上滑りな印象が免れません。また頭胴部を持ち去った理由は明快ですが,なぜ四肢を残したのかが,わかりませんでした。
田中芳樹(李家豊)「緑の草原に・・・」
 カペラ系第二惑星,かつて三次にわたる調査隊はいずれも未帰還,連絡なし。惑星間保安機構A級捜査官の“私”は,その原因を探るべく旅立つ…
 SFネタとしては,それほど目新しい感じはしませんが,「なぜ調査隊は全滅したのか?」「なぜ搭乗員のひとりグリーンは反発的な態度をとるのか?」など,謎を含んだ展開はサスペンスフルで,楽しめます。また“私”の正体も,なかなかアイロニカルでラストを盛り上げています。
中上文夫「贋作たけくらべ」
 頃は明治の終わり,怪しげな行者の死体が大川に上がった。前の晩,行者と喧嘩して大川に一緒に落ちた太郎吉が過失致死で逮捕。店子を救おうと長吉は,幼なじみの和尚・信如をたずねる…
 オーソドックスな本格ものです。探偵役・信如の謎解きは明快で小気味よいのですが,オーソドックスすぎて,意外性は少ないですね。それと,ネタばれになるので書けませんが,結末がちょっと不満が残りました。要するに,×××が×すぎて,面白味がない,といったところでしょうか。

97/09/20

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