ディクスン・カー『不可能犯罪捜査課 カー短編全集1』創元推理文庫 1970年

 「真相は常に合理的なものです。状況は怪談めいて聞こえても,事実は決して,荒唐無稽ではありません」(本書「二つの死」より)

 10編を収録していますが,うち6編−「新透明人間」「空中の足跡」「ホット・マネー」「楽屋の死」「銀色のカーテン」「暁の出来事」−は,ロンドン警視庁“D3課”マーチ大佐を主人公とした連作となっています。“D3課”というのは,常識では考えられない奇怪な事件を専門に扱うセクションという設定になっています。つまり最初から,この作者お得意の「不可能犯罪」を描くことに対するエクスキューズになっているわけです。

 さて本作品集の初出は1940年。いまから,もう60年以上前です。ですから,各編で仕組まれているトリックは,まさに古典的,いまならば子ども向けの「推理クイズ」に出てきそうな種類のものが多いです。むしろ「古典」だからこそ,そういった類の一般書(?)に採用されるのでしょう。それゆえ,トリックのみを取り上げて「つまらん」「知ってる」などと評するのは,まさに「後知恵」以外の何ものでもありません。しかし,そういった歴史を斟酌しても,「知っているトリック」を素直に楽しめるか,というとこれまた別問題です。新しいデータを知ることは,同時に古いデータをも知ることになるという「蓄積型データ」である本格ミステリの宿命と言えましょう(ホント,読者っちゅうのは我が儘ですな(^^ゞ)。
 じゃあ,なんでわたしが「(^o^)」をつけたかと言えば,そんな「古典」であるという歴史的な意味を評価したわけではなく,その「知っているトリック」を,じつに上手にプロット,ストーリィに埋め込んでいる点が楽しめたからです。

 たとえば「新透明人間」では,手袋が拳銃を取り上げ人を撃つという奇妙な事件が描かれています。上にも書きましたようにトリックそのものは,ある有名なマジックを応用したものですが,そんな奇怪な状況が生じる理由づけ,またそこから派生するシチュエーションの理由づけを,証言者の立場・キャラクタと絡み合わせることで上手に説明し,ビター・テイストのユーモア漂う作品に仕上げています。伏線の回収も巧みです。
 また「空中の足跡」は,「雪密室」の変形ヴァージョンですが,主人公を「夢遊病者」に設定し,「果たして自分が犯人なのか?」と主人公を悩ませることで,サイコ・サスペンス的なテイストを加味しています。「銀色のカーテン」もまた,オープニングで,ある場所へ行くだけで1万フランをもらえるという,主人公に対する不可解な申し出を描くことで,サスペンスを盛り上げています。

 一方,“D3課”以外のノン・シリーズ4編−「もう一人の絞刑吏」「二つの死」「目に見えぬ凶器」「めくら頭巾」−は,怪奇趣味に横溢した短編となっています。「二つの死」では,神経症に陥った主人公が,自分の死を伝える新聞記事を目にするという不思議な状況が描かれますし,「目に見えぬ凶器」は,イギリス革命の動乱時を舞台として,魔術絡みの密室殺人を取り上げています(この作品の伏線のはり方も見事です)。「もう一人の絞刑吏」は,どこか現代ミステリで好んで描かれそうな,アイロニカルなブラック・ユーモアな作品となっています。
 そしてわたしの一番のお気に入り「めくら頭巾」では,「語り手がじつは・・・」という,古典的な語り口の怪談と,密室殺人を最終的に「理」に落とすという本格ミステリとを,じつに巧みに融合させています。とくに「めくら頭巾」ゲームが描かれるシーンは圧巻です。

 「トリックの斬新さ」は,本格ミステリの主要命題でありますが,それでもなお,この作者の古典的な作品が読み継がれるのは,単にミステリの歴史の上で重要だからというだけではなく,そのストーリィ・テリングの巧みさに負うところも大きいのではないかと思います。

01/02/15読了

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