加納朋子『魔法飛行』創元推理文庫 2000年

 「じゃあ,書いてごらんよ」――瀬尾さんの言葉に触発されて,小説を書き始めた“私”。それは“私”の周囲に起きた奇妙な出来事を綴った内容となった。そして瀬尾さんから送られてくる「感想文」は,その小説の中に秘められた「小さな謎」を解きほぐしていく・・・

 『ななつのこ』に続く,“私”こと入江駒子瀬尾さんを主人公としたシリーズの第2作です。今回は,“私”が書いた小説ということになってはいますが,駒子がそれを瀬尾に送り,瀬尾が感想文という形で,小説に描かれた「日常の謎」を解く,という体裁は,前作に近しいものとなっています。

 最初の「秋,りん・りん・りん」では,「幾つもの名前を持っている女の子」の謎が描かれます。駒子の前に現れた個性的な女の子,彼女は複数の名前を使い,おまけに駒子にいわれなき反感と敵意を見せるのは,いったいなぜ・・・というお話です。 こういった「日常の謎」系の作品では,登場人物たちの日常生活をいかに生き生きと描き出せるか,というところが,作品としてのおもしろさの一部を支えていると思います。その点では,北村薫の,父親的あるいは教師的な視点からの(ときに鼻につく)描写に比べると,この作者の方がはるかに自然体のように思えます。それとともに,それら日常描写の中に綿密かつ周到に埋め込まれた伏線の巧みさと,その回収の鮮やかさが,ミステリ作家としてのこの作者の力量をまざまざと見せつけてくれます。
 つぎの「クロス・ロード」は,「宮下町交差点に出ると噂される幽霊」の話です。しかしその噂はきっかけにすぎず,「謎」を通じて,轢き逃げで死んだ少年を深く愛していた父親の哀しい想いが描き出されていきます。謎そのものは「知らないとわからない」系のところも少しばかりありますが,やはり伏線の上手さが光ります。
 3つめの作品「魔法飛行」では,駒子の通う女子短期大学の学園祭を舞台に,テレパシィ実験と,駒子の友人野枝の不可思議な行動の謎が提出されます。ミステリとしては,前半の描写がやや冗長な感が残りますが,野枝と卓見との,表面的にはつっけんどんなやり取りの背後に隠された心の通じ合いが,さりげなく描かれており,ほのぼのとした感じがあふれています。

 さて本作品には,前作のフォーマットを踏襲していながら,作者はそこにもうひとつの「謎」を織り込みます。それは駒子の各作品の間に挿入された「誰かから届いた手紙」です。駒子と瀬野との間に取り交わされているはずの「作品」を,まるで読んでいるかのような内容の手紙が,駒子の元に送られてきます。その内容は,いささかストーカ的な色合いも持っており,駒子が言うように,「奇妙」というより「奇怪」なものです。なぜ「誰か」は,駒子の作品の内容を,いやそれだけでなく彼女の行動を知り得たのか?
 それが明かされるのが,ラストの「ハロー,エンデバー」です。詳しくは書けませんが,上記3編と共通する伏線の巧みさが遺憾なく発揮されています。とくになぜ「誰か」は,駒子のことを,彼女の公表していない原稿の内容をどうして知り得たのか,という謎解きは,じつに鮮やかです。
 『ななつのこ』においても複数の謎が提出され,それらが輻輳しながら物語は展開していきましたが,本編における謎が,より複雑に,また錯綜,絡み合いながら,有機的に結びついている点,前作よりも巧妙で精緻な作品になっていると思います。ただそのあまりに人工的・技巧的な話作りに反感を持たれる方もおられるかも知れませんが,そこは,この作者のすっきりとしていて,それでいて叙情的な文体と描写のため,かなり不自然さが押さえられているのではないでしょうか。

 世界ではじめて宇宙に飛び出した動物ライカ犬の哀しいエピソードではじまった本編は,エンデバー号に乗り,地球の少年たちと交信した毛利衛宇宙飛行士のエピソードで幕を閉じます。そのコントラストは,本編で描かれた「謎」と,その「謎解き」を通じて成長する主人公の姿を象徴的に表しているのかも知れません。また各エピソードで再三触れられる「鳥」もまた,そんな「空」への,「宇宙」への想い―それは主人公の「飛翔」への想いと言えます―に通じるのでしょう。瀬尾が自分の「推理力」を,「空想力」=「空を,想う,心」と呼ぶこととも響き合います。

00/02/28読了

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