加納朋子『ななつのこ』創元推理文庫 1999年

 「ですから,あなたの望むように神のような高みからあなたを見おろすことはできないのです。あなたと同じ地面に立って,あなたの放ったボールを受け止めることを許してほしいのです」(本書「一枚の写真」より)

 佐伯綾乃著『ななつのこ』。その本を読んで感動した短大生の“私”は,著者にファンレターを出す。そのとき,周囲で起きた不可思議な「スイカジュース事件」を書き添えたところ,その真相を推理した返答をもらい・・・

 以前「一粒で二度おいしい」という売り文句のお菓子があったと思いますが(いまでもあるのかな?),その喩えでいけば,本書は「一粒で三度も四度もおいしい」作品と呼べるかもしれません。
 最初の「おいしさ」は,この連作短編集各編で提示される「日常の謎」をめぐるミステリです。最初の「スイカジュースの涙」では,路上に残された血痕と愛犬失踪事件の謎を,佐伯綾乃が,“私”からの手紙の描写を手がかりとして解いていきます。このほか「一枚の写真」では,“私”の紛失した幼い頃の写真の謎,「モヤイの鼠」では,30分ほどの短時間で入れ替えられた大作絵画の謎が提示されます。佐伯綾乃は,さりげなく引かれた伏線から,人の心の襞まで読み込みながら“真相”を推理していくプロセスは,典型的な「アームチェア・ディテクティブ」としての小気味よさがあります。個人的には発想の転換を巧みに描いた「モヤイの鼠」がいいですね。
 ふたつめの「おいしさ」は,各編で紹介される童話『ななつのこ』の各エピソード内での,はやて少年と<あやめさん>との間で取り交わされるミステリです。作中,はやて少年が遭遇した謎を,<あやめさん>が,彼の言葉だけを手がかりとしながら謎解きしていきます。その点,「佐伯綾乃」と「<あやめさん>」はオーヴァ・ラップします。いわばこの作品は,同じスタイルのストーリィが二重構造になっているわけです。シンプルながら,「白いタンポポ」内の「明日咲く花」で展開される謎と推理は,ハートウォームでほのぼのしたところが好きです。
 三つめは,連作短編を通じての謎「佐伯綾乃とはなにものか?」という謎をめぐるミステリです。少々ネタばれ気味ではありますが・・・,おそらく読者は,途中から出てくるある人物こそが「佐伯綾乃」ではないかという予想を持つのではないかと思います。しかし作者は,そんな風に予想されることを(おそらく)重々承知した上で,もうひとひねり加えます。それは,上に書いたひとつめとふたつめの「おいしさ」をきれいに融合させた見事な着地と言えましょう。それぞれに独自の「味」を持たせながら,さらにそのコンビネーションをも加味する―そんなよい腕を持ったシェフの料理を味わえるような作品だと思います。
 さらにもうひとつの「おいしさ」を付け加えるならば,主人公“私”の瑞々しい視点で描き出される「謎に満ちた日常」の鮮やかさでしょう。「なぜ」という問いは,不思議な力があるように思います。日々のルーティンの中に埋没し,摩滅していく生活の中で,「なぜ」を発する機会はどんどん少なくなり,世界は平板な凡庸なもの―変わらない「当たり前」のもの―へと変貌してしまいます。だからこそ,主人公が発する「なぜ」は,そんな平板で凡庸な世界を別の色へと染め上げ,輝かせるのではないでしょうか?

 なお本作品は「第3回鮎川哲也賞受賞作品」です。

98/08/23読了

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