ミステリー文学資料館編『「探偵趣味」傑作選 幻の探偵雑誌2』光文社文庫 2000年

 『「ぷろふいる」傑作選』に続く,「幻の探偵雑誌」の第2集です。23編を収録しています。20ページ内外の作品が多いせいか,凝ったミステリというより,ワン・アイデア・ストーリィといった感じの作品が目立つように思います。戦前の作品にありがちな猟奇趣味,グロテスク趣味の作品群とはひと味違う,ユーモア・タッチの作品も多いですね。
 気に入った作品についてコメントします。

角田喜久雄「豆菊」
 秋の夜,偶然知り合った女とともに“私”は自動車を走らせる。豆菊の薫りに包まれながら…
 全編に幻想的な雰囲気が横溢した作品です。はたして“私”が見た男の死体は現のことだったのか? それとも馥郁たる豆菊の薫りが見せた眩惑だったのか? そして女はなにに怯えていたのか? 男を殺したことに? それとも得体の知れぬ追いかけてくるものに?
城昌幸「墓穴」
 気分が悪くなってパーティ会場を離れた“私”が,とある一室で目撃したのは殺人の現場だった…
 不要な部分をざっくりと削ぎ落として,エッセンスだけを抽出した緊張感あふれる作品です。「グッドバイ,シャンハイ…」という陽気なリズムに満ちたパーティと,底知れぬ「墓穴」を掘る男たちとのコントラストも鮮烈です。
山本利三郎「流転」
 偶然知り合った浮浪者が語ったのは,殺人事件がもたらした数奇な人生だった…
 浮浪者が語る哀しい物語,主人公の作家的な下心,それらを覆すアイロニカルなツイスト。なんとも人を食った話です。ラストでの主人公の茫然とした顔が思い浮かぶようです。
橋本五郎「自殺を買う男」
 「自殺買いたし」――新聞に奇妙な広告を出したのは,友人の野々村だった…
 冒頭で示される「自殺を買う」という不可解な広告は,イントロダクションとして巧いですね。そしてその広告を出した人物が,その真意を語る,という風に展開していきますが,そこで明かされる真相は,ひとりの男の苦渋と哀しみ,そして優しさをじつに巧みに浮き彫りにしています。
土呂八郎「手摺の理(ことわり)」
 失業しそうな父親のために,“私”は源助を殺そうと完全犯罪を計画するが…
 着目点がじつにおもしろいですね。改めて言われてみると,たしかに手摺りには,本書で書かれているような「傾向」があるように思います。物理的なトリックと心理的なものが上手に組み合っている点もグッドです。ただ,源助を殺す理由がちょっと弱いように思います。もっと源助を憎々しいキャラクタにしたら,読後に爽快感もあったかも。
小酒井不木「段梯子の恐怖」
 “わたし”の友人Fは,段梯子をめぐる奇妙な話を聞かせてくれ…
 エッセイ・タッチの掌編です。理由や原因が不明な出来事こそがもっとも怖いという,“恐怖”の本質を的確に切り取った1編といえましょう。
甲賀三郎「嵐と砂金の因果率」
 暴風雨の夜,廃屋にやってきたふたりの傷を持った男。彼らがそれぞれ語りはじめた話の結末は…
 3年前,6年前に起きた事件が巡りめぐって“現在”に繋がってくる,という一種の綺譚と言えましょう。オチは途中で見当が付くものの,それぞれが語る話には緊迫感があり,ぐいぐいと引き込まれます。また読み終わってから,奇妙なタイトルが腑に落ちます。ところで「因果」ではなく,どうして「因果」なんでしょう?

00/05/26読了

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