太田忠司『倫敦時計の謎』ノン・ポシェット 1998年

 天才的時計作家・弥武大人が,名古屋セントラルパークに,“ビッグ・ベン”を模して建造した“ロンドン時計”。そのオープニング・セレモニィで,時計から弥武本人の死体が出てきた! 現場に偶然居合わせた霞田志郎・千鶴兄妹は,時計の寄贈者のひとり高野一則翁から犯人捜査を依頼される。またたくまに真相を見破ったかに見えた志郎だが,一通の手紙が彼の推理をかき乱し,そして新たな殺人が・・・。

 『上海香炉の謎』に続く「霞田兄妹シリーズ」(というか「都市名シリーズ」というか)の第2弾です。時計作家がつくった時計をめぐって起きる連続殺人事件に霞田志郎が挑みます。 
 事件は,時計台から,からくり人形のかわりに人間の死体が飛び出てきたり,巨大砂時計の砂の中に死体が入れられたりと,なんともケレン味たっぷりです。横溝正史の世界を彷彿させるシチュエーションではありますが,へんにおどろおどろしくすることなく,軽快な文体で,テンポよく展開していきますので,さくさくと読んでいけます。志郎の謎解きも,相変わらずすっきりしていて小気味よいです。それと,最後の最後に明かされる,ある秘密(ネタばれになるので書けませんが)には,「なるほどなぁ!」と感心しました。
 ところで,「なぜ,犯人は時計にこだわるのか?」「なぜ,子供だましのようなトリックで密室を構成するのか?」といった謎の背後に,志郎は,真犯人のおぞましい「悪意」の存在を見いだします。その真相は,ある有名な古典ミステリを連想させます。まぁ,それはそれでいいのですが,その真犯人の「悪意」なり,「異常性」みたいのが,この作者の文体では,いまひとつ実感として伝わってこないのが残念です。さくさく読めるという利点は,こういったおぞましい「悪意」を描き出すには,もしかすると不向きなのかもしれません。もうちょっと,ねっとりこってりした文体の方がいいのかも・・・,と,これはないものねだりかもしれませんが。
 むしろ,変にエキセントリックでなく,また「ファインプレイ!」「大技!」といったタイプではないにしろ,きっちりとまとまった本格ミステリである,ということのほうが,この作品の(ひいてはこの作者の)魅力なのでしょう。

 ところで『上海』で少々鼻についた霞田千鶴の言動も,今回は慣れてきたせいか,あまり気になりませんでしたね。今回,千鶴は三条刑事と急接近,とくに,
「(やばい!)(拒めない!)(いける!)(こんなところで?)(どうしよ・・・・)(歯を磨いとくんだった!)(でもやっぱり・・・・)」
には大笑いしてしまいました(笑)。こちらの方も,シリーズものとしては,オーソドックスながら,これからが楽しみなところです。

 で,最後に,内容とはまったく関係ないのですが,祥伝社の「ノン・ポシェット」や「ノン・ノベル」の巻末には,いつも「100字書評」用の原稿用紙がくっついているのですが,これを切り取って送られる方って,どれくらいおられるのでしょうか? わたしは一度も送ったことないのですが・・・。もし送られたことがある方がおられましたら,それに対して祥伝社からはこんな対応があったよ,というメールをいただけないでしょうか? なんか,すごく興味があります。

98/06/03読了

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