横溝正史『ほおずき大尽 人形佐七捕物帳全集1』春陽文庫 1984年

 神田お玉が池の岡っ引き・佐七。男ぶりの良さから,ついたあだ名が“人形佐七”。恋女房のお粂はひとつ年上の姉さん女房,やきもち焼きが玉に瑕。今日も今日とて犬も喰わない夫婦喧嘩。しかしいったん事件が起こった日には,“きんちゃくの辰”と“うらなりの豆六”,ふたりの手下を引き連れて,颯爽とお江戸の町へと躍り出る!

 「人形佐七捕物帳全集」の第1巻,12編を収録しています。このシリーズは名のみ知っていましたが,今回が初読です。
 横溝正史といえば金田一耕助,金田一譚といえば陰惨無惨おどろおどろの怪奇な雰囲気,といったところでしょうか。この作品,その金田一譚に通じる怪奇趣味,猟奇趣味に通じるところもありますが,その一方で,地の文,会話,諧謔味,洒落っけたっぷりで,おまけにテンポがいいところはずいぶんと趣向が違います(豆六が佐七とお粂の夫婦喧嘩を評して「風速五十メートルや」なぞというところ,「おいおい,江戸時代やろが!」と笑ってしまいました)。謎解きには少々もの足りないところがあるものの,冒頭の魅力的な謎と,軽快な文体で,サクサクと楽しみながら読んでいけます。
 気に入ったエピソードにコメントします。

「羽子板娘」
 羽子板にまでなった江戸三小町がつぎつぎと殺され…
 佐七デビュウです。ちとアンフェアなところもないではありませんが,ある著名なミステリ作品を彷彿とさせるなかなかの佳品だと思います。
「音羽の猫」
 馴染みの遊女宅によく来る猫の爪を切った辰。その爪は金色に輝いており…
 導入部の「金の爪」がその後の展開をわくわくさせます。佐七の推理のプロセスをもう少しきちんと書いてくれたら,よかったのですが・・・。
「蛍屋敷」
 葛籠の中から発見された死体は蚊帳にくるまれていた。そこに多数の蛍がおり…
 この作品のオープニングの幻想趣味,怪奇趣味は横溝作品ならでは,というテイストですね。ラストでの蛍の使い方も巧いです。
「ほおずき大尽」
 大店の隠居が還暦の日に発狂。真っ赤な服を脱ごうとしないことから,ついた綽名が「ほおずき大尽」。その狂人が刃物を持って逃走したことから…
 本作品集中,一番長い作品です。おどろおどろした人間関係など,その後の横溝作品によく出てくるモチーフが,この作品にも顔を出しています。後半,人情話というか因縁話みたいになってしまっていまひとつですが,ラスト,吉田の火祭りを舞台としたクライマックスは,なかなか迫力があります。う〜む,トラヴェル・ミステリみたい(笑)。
「鳥追い人形」
 深川八幡祭の日,船屋台の生き人形には死体が塗り込められており…
 人形に死体,とくれば『犬神家の一族』。こんなところに原型があったのかもしれません(どっちが先に発表されたか確認していないので,不確実ですが(^^ゞ)。伏線が見え見えなのがちと残念。
「稚児地蔵」
 巣鴨の地蔵が真夜中に後ろ向きになるという。そして殺人が発生。地蔵には血で化粧がされており…
 怪奇趣味の導入部に,さらにダイイング・メッセージと,本格ミステリ風の展開で,本作品中一番楽しめました。猿が事件解決に重要な役割を果たすあたりの洒落っけも楽しいです。
「うかれ坊主」
 陽気なうかれ坊主がフグ毒で中毒死。ところが遺体を墓場に持っていく途中,中身が入れ替わり,別の死体が…
 棺桶の中から聞こえる声,うかれ坊主に替わって発見された見知らぬ死体と,不可解な謎が冒頭に提示され,別に起きた奇妙な事件がするすると結びつき,とテンポよい作品です。うかれ坊主のキャラクタが,全体に明るい雰囲気を醸しだしています。

98/07/17読了

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