倉阪鬼一郎『迷宮 Labyrinth』講談社ノベルス 2000年

 うらさびれた精神病院の一室で,密室殺人事件が発生した。しかも凶器の短剣も三重の密室状態から盗み出されたものだった。“紅姫”の奇怪な伝説の伝わる土地で起きた怪事件は,それだけにとどまらず,さらに死体を増やしていく。事件を担当した古川警部が,“迷宮”の果てに見出したものは・・・

 この作者は「暗号」「アナグラム」に深い執着があるようです。「暗号」や「アナグラム」とは,表層的なテクストの中に,別の意味,別のテクストが埋め込まれ,隠されているものです。つまり「隠されたもの=オカルト」です。オカルトを,表層的な「世界」の背後に「隠されたもの」を探し出す営為とするならば,この作者は,暗号やアナグラムを通じて,その「オカルトとしての世界」を人工的に構築することに愛着を持っていると言えるかもしれません。
 この作品に出てくるキャラクタたちは,「探偵小説的世界」に投げ込まれます。「うらさびれ,不吉な噂のつきまとう精神病院」「二重三重の密室殺人」「その土地に伝わる奇怪な伝説」といった,古き探偵小説のコードを踏襲したシチュエーションです(登場人物のひとりは,「まるで自分が探偵小説の中に封じ込まれたようだ」と感じます)。また作中作品「迷宮 Labyrinth」にこめられた,この作者お得意の「暗号」や,アリバイ・トリックなどもすぐれてミステリ的と言えましょう。
 しかし,これらは,「表層的なテクスト」にすぎません。物語の後半,その「表層的テクスト」である「探偵小説的世界」は崩壊していき,オカルト的,スーパーナチュラル的なものへと変貌していきます。
 「暗号」や「アナグラム」は,表層のテクストと隠されたテクストとの間の落差―「この文章にこんな意味が隠されていたのか!」―が魅力のひとつであり,本作品もそこらへんの「ずれ」を狙ったと思うのは穿ちすぎでしょうか?

 ただ,本書の惹句は「ミステリ+ホラー+幻想」となっていますが,これら「ミステリ」「ホラー」「幻想」が,ひとつの作品の中でモザイク状をなし,「共存」はしているけれど,「混淆」はしていない,そんな印象を受けます。たとえば冒頭で示された密室殺人をめぐるオカルト的着地は,それまでにそれを匂わせるオカルト的な雰囲気があれば,それもまた納得できるのですが,正直,唐突な感が否めず,「木に竹を接いだ様」といったところです。同様に,作中作に秘められた「暗号」も,ひとつのパーツとしてみれば,凝っていて楽しめるのですが,ストーリィ展開そのものに有効に働いているかというと,ちょっと首を傾げてしまいます。
 つまり「落差」が魅力になるとはいえ,本来「理」を求める「探偵小説的世界」と,「非理」の彼方へと飛翔するスーパーナチュラル的な着地点との間では,落差というより乖離といっていいほどギャップが大きく,ミステリ的な読みからも,ホラー的な読みからも,どこか中途半端な印象が残ってしまいました。
 でもラストの処理はけっこう好きだったりします。

 『死の影』を読んだときにも感じたのですが,この作者は,多種多彩なガジェットやパーツを投げ込み,組み合わせながらひとつの長編作品を作るというパターンがあるように思うのですが,それが有機的に結びつかない場合,トータルとしてどこか散漫な印象を与えてしまうように思います。

00/04/30読了

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