原田宗典『屑籠一杯の剃刀』角川ホラー文庫 1999年

 作者が「あとがき」で書いているように,「ホラー」というよりも,サイコ・スリラあるいは「奇妙な味」に近いテイストの短編6編を収録しています。
 わりとよく目にする作家さんですが,初見です。

「ミズヒコのこと」
 高い建物の下を通るとき,“ぼく”はつい上を向いてしまう。“頭上恐怖症”ともいうべき奇妙な習癖の原因,それは子どもの頃の友人“ミズヒコ”にあった…
 「痛い系」のお話で,ちょっと苦手ですが,主人公の記憶のあやふやさ曖昧さが,逆に彼が感じる恐怖の深さを表しているように思います。ただ“ミズヒコ”が「壊れていく」理由・過程がいまひとつはっきりしないように思います。
「削除」
 試験の日に寝坊してアパートを飛び出した“ぼく”。ところが街からは人の姿がすっかり消えており…
 「起きたら自分以外の人間が姿を消している」というイメージは,多少使い古された感がありますが(先日読んだ『ランゴリアーズ』もそんな感じでした),なぜか電話だけでは話せる,というところが奇妙さを醸し出しています。ラストで描かれる,理由がいっさい不明の「ねじれ」も,言いしれぬ不安がにじみ出ていて好きです。
「ポール・ニザンを残して」
 雨の中,空港へ女を車で送る男。女の様子がいつもらしくない。すると女はその理由を話し出し…
 手塚治虫の秀逸な短編スリラ「バイパスの夜」を思い起こさせる一編です。ですから,そのよく似た展開やエンディングはいまひとつ楽しめませんでした。それにしても,久しぶりに見たポール・ニザンの有名なフレーズ,やっぱりいいですね。
「空白を埋めよ」
 見知らぬ一軒家で目覚めた“私”は,頭を負傷し,短期間の記憶を失っていた。しかし女を殺したような記憶が脳裏をよぎり…
 作中で語られているように,「殺意をおぼえる」と「殺す」とでは懸隔の差があります。しかしその間の「溝」を自分が飛び越えたのかどうか,という記憶を失った“私”の不安と恐怖がじわじわと伝わってきて,サスペンスを盛り上げています。ツイストの効いたラストも「をを,なるほど」と思わせます。
「屑籠一杯の剃刀」
 「葉介」を主人公とした,4編―「もう森にはいかない」「ナイフ」「アルファルファはどうしてる?」「西洋風林檎ワイン煮」―よりなるオムニバス作品です。いずれの作品も,不穏な,あるいは淫らな「空気」が流れているのですが,作者は,けしてそれを明確に描き出すことはせず,読者の想像力を喚起するだけで,すうっと身を引いて物語の幕を閉じます。そのため,「恐怖」に達することなく,その一歩手前の曰く言い難い「不安」や「居心地の悪さ」を感じさせます。おそらくそこらへんが作者の狙いなのでしょう。
 個人的には,「西洋風林檎ワイン煮」と,主人公と恋人が話す「死体処理の方法」とが響き合いながら,まるで綱渡りのような緊張感を作り出している「西洋風林檎ワイン煮」が一番楽しめました。また徐々に会話が食い違っていき,狂的な世界へと滑り落ちていく「アルファルファはどうしてる?」もいいですね。

98/09/01読了

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