スティーヴン・キング『ランゴリアーズ』文春文庫 1999年

 「Four Past Midnight」と名づけられた4編よりなる中編集のうち,2作を収めています。「中編」といっても,キング的な(あるいはアメリカの出版業界的な)意味でのものであり,文庫版450ページと250ページの2編は,日本では立派な「長編」と呼んで差し支えないでしょう。キングの作品は好きとはいえ,その長さに,正直なところ辟易するところがないわけでもありませんので,これぐらいのヴォリュームが,わたしとしては手頃ですね。

「ランゴリアーズ」
 ロサンジェルス発ボストン行,アメリカン・プライド27便に搭乗したブライアンが,いやな夢から覚めると,乗員乗客が姿を消していた。わずか11人の男女を残して…
 突然不条理な異空間に投げ込まれた人々,遠くの方から聞こえてくる不気味な音,狂人がもたらす災厄,異能を持った盲目の少女・・・たしかに設定やアイテムはホラーなのですが,不可解な,しかし危険な状況に置かれた初対面の人々が,ときに協力しあいながら,ときに反目・対立しながら,危機を乗り越えていく,というストーリィは,それ以上に冒険小説的なテイストを味わせてくれます。この作者にしては(といったら失礼かな^^;;),展開がスピーディで,要所要所に山場をつくりつつ巧みにサスペンスを盛り上げています。とくに,しだいに迫り来る「ランゴリアーズ」,狂った男が引き起こすのっぴきならない事態,彼らは無事脱出できるのか? という設定・展開は緊迫感にあふれていて,ページを繰る手を休ませません。
 そしてなにより,登場するキャラクタの造形と配置がじつに絶妙です。別れた妻の訃報を聞いてボストンへ向かうパイロットブライアン「英国大使館員」を名乗りつつ,明らかにまっとうな大使館員ではないニック,傲岸不遜なエリートながら,心の奥底に病を抱えた銀行重役クレイグ,そして盲目であるがゆえに異能を持った少女ダイナ,ミステリ作家ボブ,頭の切れる少年アルバートなどなど,多彩なキャラクタが,それぞれの役回りを果たしながら,危機的な状況を乗り切っていきます。
 とくにリアリスティックな手腕で物事を押し進めていくニックというキャラクタを配したところが,物語に緊張感を与えています。同時に,スーパー・ナチュラルな能力で危険を回避していこうとするダイナとコントラストをなしていて,純粋なホラーとは異なる手触りを盛り込むことに成功しているように思います。不条理な事態を推理し,解説する役回りとして,ミステリ作家ボブを加えたところもいいですね。
 個人的には,キング作品としては,かなり上位に位置づけられる作品でした。いやぁ,おもしろかったです。この作品のみであれば,「\(^o^)\」ですね。

「秘密の窓,秘密の庭」
 作家モートン・レイニーの前に現れた男は,こう告げた「あんた,おれの小説を盗んだな」。それ以来,モートンの周囲では陰惨な出来事が起こり始め…
 ご存じのように,この作者には,ペン・ネームが実体化してしまうという『ダーク・ハーフ』や,熱狂的なファンの恐怖を描いた『ミザリー』といった,「作家ネタ」の作品があります。『ダーク・ハーフ』にしろ,『ミザリー』にしろ,キングが感じている,作家特有の「闇の部分」を拡大させ,ホラーとして描き出しているのではないかと思います(じっさい,キングは,リチャード・バックマンというひとりの「作家」を「殺そう」としましたね)。それゆえ,ある意味これらの作品は(変な言い回しですが)「私小説ホラー」と呼んでもいいのかもしれません。この作品も,その系列に属するもので,「盗作」を扱っています。やはりこういった「盗作疑惑」というのは,作家さんにとって,つねにつきまとう悩みの種なのでしょう。
 さて作家モートンの前に現れた男ジョン・シューター。彼はモートンの書いた短編「種蒔く季節」が,自分の書いた「秘密の窓,秘密の庭」の盗作だと言います。しかし,明らかに「種蒔く・・・」の方が発表が早い,ところがシューターはそれを信じず,さながらストーカのごとくモートンを見張り,つぎつぎに犯罪を犯していく・・・という展開です。冒険活劇的な「ランゴリアーズ」とは対照的に,ストーカにつきまとわれ,しだいに壊れていく主人公の姿を描いたサイコ・スリラです。この作者お得意の粘液質な文章による描写は,じわじわと真綿で首を絞められていくような息苦しさ,圧迫感があります。ただ二転三転するエンディングは,やや陳腐な感が免れません。
 『ダーク・ハーフ』や『ミザリー』のエッセンスを,混ぜ合わせ,こねくり回してもうひとつ別の作品を仕上げたような感じがします。

98/08/01読了

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